ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

第二部

エマナク 29

三人が舞台の中央に集まると、昼にも演じていたようにシアンの二本の短剣、シャトの長剣、マチルダのレイピアの打ち合いが始まるが、昼と違うのは打ち合いに合わせて吹き上がる炎の他、それぞれの剣を蛇のように這う炎が薄闇の中にその軌跡を浮かび上がらせ…

エマナク 28

「シアンさん、マチルダさん」 大きな荷物を抱えてこちらへとやってくるのは水鏡で出会った少年で、声に振り返ったシアンはひらひらと手を振る。 「トゥエリ、今行こうと思ってたんだけど…」 「全部持ってきました」 「頼んどいてこんなん言うのはなんだけど…

エマナク 27

「大丈夫みたいだな」 「ありがとうございました。とりあえず問題は引っ掛けて破かないかとゆう事ですが…」 「私も気をつけるわ。昼はどうにかなったけど、夜もうまくいくかねぇ…」 「うまくいくように努力しましょう」 強く振ったレイピアの先がぶれること…

エマナク 26

「どっちも同じ糸なんだろ?」 「どうなんでしょう、国の方では赤い糸は採れないようですし、これほど糸の質が揃っているというのも高値がつく一因でしょう。白い糸より更に丈夫で、魔力への耐性もこちらの方が高いみたいですね」 「なぁ! シャト! これっ…

エマナク 24

空が茜色に染まり、街の賑わいは徐々に昼間とは違う夜特有の、どこか浮ついたようなものへと変わりはじめる。 街の住人の往来は減り、旅人が中心となるその賑わいの中には言い争うような怒鳴り声も混じっているが、舞台の裏手からすぐの建物の一室では、その…

エマナク 22

「皆さんすごいですね…丸一日もなかったのにあれだけのことをきちんと見世物としてやってしまうなんて…」 観客の中を回り、沢山の硬貨が投げ入れられた籠を提げて舞台の裏手へとやってきたのは水鏡で出会った少年で、空から同じように籠を提げた鳥達が下りて…

エマナク 21

エマナクのほぼ中央の広場、大きな塔を背にした木製の舞台を囲むように置かれたいくつもの長椅子はちらほらと空きが見えるものの、通り掛かりに足を止めたらしい者達もいて、今は誰の姿も見えない舞台の周囲は割と賑わっている。 まだまだ高い日を浴びて、舞…

エマナク 20

差し出されたはぎれに目を落としたマチルダは『あぁ…』と何かに納得したような声を出し、一通り目を通した後で 「すみません、私もこうゆうものはあまり」 とシアンをまっすぐに見て頭を下げる。 シアンが差し出していたのは街道から外れた土地での鉱石や植…

エマナク 19

「北へ向かう道の途中にいくつか洞窟があるのですが、つい最近立て続けに崩落が起きて通れないんだそうです。復旧出来るかどうかもわからないとのことでしたのでここまで」 少年の後ろから地図を見上げたシアンは『災難だったな』と言いながらエマナクから西…

エマナク 18

「えぇ。そのようです」 「あんたの子じゃないのか」 「違います」 人と話すことが苦手とゆう風には見受けられなかったが、男はシャトに答えるにも、それに続いたシアンに答えるにも最低限の事しか口にしない。 「センセ、ヒワナ帰った。もう少し居るように…

エマナク 17

「おまっ、暴れるなっ、っいっ…! 噛むんじゃねぇっ!!」 シアンの姿を見失ったカティーナ達は聞こえて来る声を頼りに路地を辿り、いくつ目かの角を曲がったところで子供の首に腕を回して抱えるように座り込むシアンを見つけた。 「何をしているんですか」 …

エマナク 16

「アロースさんは…何、者、なのでしょうか…」 「…私にも判りません。でも…悪い方、では、なさそうでしたね…」 路地にさしかかる毎にシアンの姿を探し、辺りを見回しながら、言葉を選ぶようにぼそっと口にしたカティーナは、シャトの答えを聞いて何故か安心し…

エマナク 15

テーブルの上に転がった三つの塊、指の先についていた筈のそれは、滑らかな爪から薄い桃色が透けて見えているのにもかかわらず一切血に染まることなく、精巧に作られた模型でもあるかのようにただそこにあった。 目の前で誰かが自分の指を切り落とす等とゆう…

エマナク 14

「名前、聞いていなかったわね…」 シアンが出て行った扉が閉まるのを待ってそう言ったアロースは"尋ねてもいいかしら?"とシャトに目で尋ね、シャトは一瞬間をおいてから静かに名乗った。 カティーナがそれに続くとアロースはカティーナの顔を覗き、シャトを…

エマナク 13

「不思議な手触りだな…この赤って何で染めてあるの?」 シアンは差し出された布先に触れ、極々細い糸で織られた柔らかでさらっとしたその肌触りを確かめながらシャトに尋ねるが、シャトは首を横に振る。 「染めていません。この糸は初めからこの色なんです。…

エマナク 12

「ぅふふ♪ お帰りなさいシアン」 「近寄るなよ! …荷物、あの額は払えないが出来れば買い戻したい。交渉に応じる気は…ないとは言わないよな?」 シアンが扉を開くなりつつっと近付き抱きしめようとする女から飛びすさったシアンは、顔を引き攣らせながらやや…

エマナク 11

「…まぁ、そんな感じだから」 女については話したくないのか、かなりはしょった話ではあったが、シアンは続けて『出来れば関わりたくない相手だけど、目利きだけは確かだから』と言って、カティーナに顔を向ける。 「どうする? 手放せない物があるならもう…

エマナク 10

「でもあれはあなたの荷物じゃないわよね? うちに商品を下ろしてくれている店からあの荷物が届いた時のワタシの気持ちがわかる? 大好きな"おもちゃ"の匂いに思わず…」 そこからつかつかとシアンに歩み寄りながら早口に、そしてずいぶんと思いが強いのか長…

エマナク 9

「えっ…盗まれたって…?」 森に戻った二人を微笑んで出迎えたシャトは、手と口をベタベタにしたイミハーテを膝に載せ、熟れて柔らかくなった果実を潰したものをゆっくりと掻き混ぜながら煮詰めていたが、シアンがどっと腰を下ろしながら『カティーナの荷物が…

エマナク 8

「とりあえず水鏡回るけど、一緒にくるか? 魔石見に行くならあのでかい塔めざせばいいから一人で行っても迷わないだろうし、行けば分かると思うけど」 「実際に使っているところを見てみたいのでシアンさんにお願いしようかと思っていたのですが」 「…。ま…

エマナク 7

街道沿いの野営組の騒ぎはそう遅く成らずに収まったが、街の賑わいは夜半過ぎまで続いた。 星の光る夜明け前の晴れた空、辺りは静まり返っている。 南から翼を広げた大きな影が森を横切ったその時だけ、波が伝わるように鳥や動物達がざわめいたが、各組の見…

エマナク 6

シアンの話によると騒いでいたのは街道沿いに旅をし、エマナクに立ち寄った者達、その中でもシャト達と同じように宿を取らず、野営をするために森に幕を張っているいくつかの組で、混じり合う中で酒を飲み歌い踊る者達が居れば、力や技を競う者、その勝敗で…

エマナク 5

イアティーイのはいった袋をしまい、代わりに砂糖と香辛料を合わせて付け込んだ果実の入った瓶を取り出したシャトは、きゅぽん、と小気味いい音を立てて木で出来た栓を抜く。 口を濯いだカティーナは、一度鼻のしたをこするように手を添えて、すん、と小さな…

エマナク 4

ギークは背中にの上で眠るイミハーテを起こさないよう身体を動かさず顔だけでシャトを見上げる。 「疲れない? 何か敷いて下ろすか、幕の中に寝かせるかする?」 小さな声で応えたギークはどうやらそれを断ったらしく、そのまま再び顔を伏せ、目を閉じた。 …

エマナク 3

シャト達が向かった森は街からは少し離れていて、所々に明かりは見えるものの夜らしい静けさにつつまれているように見えていた。 しかし南に伸びる街道に近付くにつれ、街の賑わいとはまた別に、森の中からも明るい騒ぎや楽器の音、そしてそれらとはまた違う…

エマナク 2

街へと入ったシアンは迷いなく歩みを進め、大通りから大きくそれた路地の中ほど、大きな扉と沢山の"はぎれ"のような物に覆われた壁が目立つ一軒の家の前で立ち止まる。 周囲は民家なのか、窓を閉ざす木の戸から所々明かりが漏れている以外は静かで、既にほと…

エマナク 1

日が落ちて既に一時間程立つが、四方から街道の集まる街の中はそこらじゅうで篝火が焚かれ、魔石で軒先を照らした店々からは呼び込みの声が響き、まだまだ行き交う人も多いその賑わいは街の外からでもよくわかる。 街にはその土地でとれる岩や土を材料にした…

それぞれの思うこと

キーナは少しだけ、眉間にしわを寄せ顔をしかめるような、そんなそぶりを見せたが、その場から消えることはなく、シャトはそんなキーナを不思議そうに見つめた後で首を傾げた。 するとキーナがシャトの方を向き、ふるふるっと身体を震わせたかと思うとぱっと…

キーナとシアン

「えっと…すみません…。…おはようございま、す…」 「…おはよう。うん、おはよう」 飛び起きた、といった格好で幕の端、ぎりぎりに寄って眉を寄せていたシアンはシャトと自分と対角の隅へと交互に視線を向けた後で徐々身体の力を抜き、最終的にあぐらをかくよ…

ことば

小さな生き物が動く気配は時間とともに静まり、西にもこの場所から判るような動きはない。 夜明け前の白み始めた空を見上げたギークの上で、少し眠そうに瞬きを繰り返していたイミハーテはぱさっと布の動く音に振り返り、にぱっと笑うと大きな翼を広げてギー…