ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 24

空が茜色に染まり、街の賑わいは徐々に昼間とは違う夜特有の、どこか浮ついたようなものへと変わりはじめる。

街の住人の往来は減り、旅人が中心となるその賑わいの中には言い争うような怒鳴り声も混じっているが、舞台の裏手からすぐの建物の一室では、その声に顔を上げることもなくマチルダが真っ赤な布を手に、白いワンピースを着たアーキヴァンの背中に回って何やら縫い物をしているらしかった。

「…これで…いい…か、な…」

「終わったの?」

「とりあえずは…。動いても大丈夫だとは思いますが、私も着替えますから手合わせお願いできますか?」

「別にいいけど、すごい格好だよな、特にマチルダは」

「…私も、やっぱり変、ですか…?」

仮面を外し、下ろした前髪でいつも通りに目元を隠したアーキヴァンは自分の脚を見下ろし、まだ血の気の戻り切らない白い顔を悲しげに歪ませた。

元々付いていた物を外したのか横の椅子には二本の袖が放り出されていて、糸の解かれた肩口とみごろの合わせ目は切らずに内側へと折り込まれ、大きく肩を出す形になっている。

そして開いた胸元と腰まで深くスリットの入ったスカートの縁には赤い布でたっぷりとフリルが付けられていて、腰に向かってフリルの重なりが深くはなるものの、大きく開いたスリットからは柔らかな曲線を描く白い脚がよく見えている。

「いや、似合ってるけど。…マチルダ、"らし"過ぎない?」

「やるからにはそれくらいしないと…。あと、終わった後で直したいので。…肩は少し出しすぎた気もしますがここはずいぶん南ですから許容範囲でしょう」

"らし"過ぎるとゆうのは、所謂"色"を武器にしているように見える、とゆう意味で、シアンは、いくら夜とはいえ、といった風にアーキヴァンを眺めていたが、着替えて姿を見せたマチルダは更に上をゆく格好になっている。

普段ならシャツの上に付けている黒革のコルセットを素肌に直に着、その胸元と裾にはやはり赤いフリル。

裾のフリルは何重にも重なっていてスカートのように見えなくもないが、動けば脚の付け根が露になるのでは、と傍から見れば思うだろう。

「シャトさんが同じ生地のショートパンツを二人分貸してくださったので思い切ってそれと丈を合わせてしまいましたが、さすがに短いですね…動きやすいといえば動きやすいですけれど」

「いいんじゃない? …しかし、シャトもシャトだけど、マチルダも思い切りよく使ったなぁ」

チルダとアーキヴァンのフリルとして使われている赤い布はシャトの持っていたあの布で、即席の一座を誤魔化す事も含め、統一感を醸しだそうと、一度目の舞台に上がる前にそれぞれがリボンやバンダナのような形で細く切ったものを身につけたのだが、夜の舞台用の衣装に使うなら一巻き全て使ってしまっても構わない、とシャトが二人に預けたものだった。

「シャトさんは細かくしても何かしらに使えるから気にしないでくれと言われましたが、さすがにこの布を細切れにする度胸はないのでできる限り切らないようにはしてあるんですけれど…」

「そうなの? 器用にやるもんだな。…これさ、なんで高いの? 私この街に来るまで布自体知らなかったんだけど」

「扱いやすいんですよ。薄くて軽くて柔らかいですが、シワにはなりにくくて、長く着ても擦れて破れたりとゆう事はあまりないんです。それから一番は…」

と言ったマチルダはテーブルの上のカップに残ったこげ茶色のどろりとした液体を、アーキヴァンの服から外した袖にたらぁっと躊躇いなくかける。

「…そんな白い服に…」

シミになる、とシアンは服を大事に扱っていたはずのマチルダをいぶかしげに見たが、マチルダの方は『まぁ見ていてください』とその液体を布に揉み込むようにごしごしとすり合わせ、袖はあっという間に茶色い汚れに覆われた。

「この服、色は違いますがシャトさんの布と同じ種類の糸で出来ているんです。で、これを…」

置いてあった空の小さな桶に水筒から水を流し入れたマチルダは、汚れた袖をその水に浸すとそのまま何度か振り、すぐに水から引き上げる。

引き上げた袖の汚れはほぼ全てが落ちていて、『もう一回濯げば真っ白です』と、再び水筒の水でくしゅくしゅと揉まれた袖は本当に真っ白にもどっていて、それを見たシアンは意味がわからない、といった顔で首をひねっていた。