ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 18

「えぇ。そのようです」

「あんたの子じゃないのか」

「違います」

人と話すことが苦手とゆう風には見受けられなかったが、男はシャトに答えるにも、それに続いたシアンに答えるにも最低限の事しか口にしない。

「センセ、ヒワナ帰った。もう少し居るように言ったんだけど、なんか必死だったからそのまま帰しちゃった。…それでよかった?」

「しかたないでしょう。…しかし、困りました…やはりうちで面倒を見るべきでしょうか」

「ヒワナがうんと言わないんだからどうにもならないよ。…ごめんなさい、荷物はきちんとお返し出来るようにしますから、少し時間を下さい」

「いや、荷物を買い取った店は分かってる、んだけど…」

「それならすぐにでも買い戻させていただきます」

シアンはそう言う少年にポケットからくしゃくしゃになった地図を差し出し、その顔を窺う。

少年と男は伸ばして広げた地図に、目を丸くした後で明らかに困った顔になり、シアンに向かって尋ねた。

「ここ、で、間違いないのですか?」

明らかに店について知っている二人にシアンは膝に乗せた足に頬杖を付き、こくこくと頷いて見せる。

少年がこの家の財布を預かっているのか、頭を抱えるのは男ではなく少年の方で、シアンが元々付けられていた額を口にすると片頬を引き攣らせて『ははっ』と笑う。

「ただ、交渉したんでその値よりは安いんだけど、他から金が出てると分かったら売らないと思うから、どっちかといえば仕事の世話してくれると助かる。多少遠くてもいいし、時間がかかっても構わないから昨日選んでくれた四件以外に新しくきたとか、何か条件の良さそうなのないか?」

「昨日?」

少年が男を見上げたが、男は男で心当たりのない顔をしていて、シアンは『昨日の夜店の前で会っただろ?』と扉を示す。

「ごめんなさい、センセ、何か考えてると無意識に動くので…。どんな仕事がお好みですか?」

"喋ったよな?"と、シアンは自分の中で浮かんだ疑問を口に出しかけてそのまま飲み込み、『何でも』と答えた後ではっとしたようにシャトを見る。

「何でも…」

持ち出した布の束をめくる少年の横で考え込むようにしてから建物の外へ出て行った男だったが、すぐに外で話し声が聞こえ、開け放した扉から二人の女性をともなって戻ると、一本の石柱の前に立ち、片手に持った何かのメモに目を走らせ、石柱の上面の窪みに張られた水に手をかざす。

その様子を身体を傾けて覗いたシアンが何かに首を傾げていると、人の気配を気にしたのか、入って来た女性の片方が振り向き、隣の女性の服を引く。

「マチルダ?」

「…シアンさん?」

「こんなとこで何してるの?」

「北へ続く道の…」

チルダが答えようとしたとき『どうぞ』と男が石柱の前を空け、マチルダは『すみません』とシアンと男のどちらに言ったのか、そのまますぐに石柱の上の水を覗き込む。

「マチルダです。無事エマナクに着きました」

『無事で何よりです。後発の者達と合流できれば良かったのですが、彼らはすでにエマナクを抜けて北へ向かっています。その後、いかがですか?』

「はい、無理をすれば戻れないことはないとは思いますが、私だけではありませんので少し時間をいただければと」

『シーティア様は二人が無事に戻ればそれでよいと仰っていますし、聖堂の皆様も同じように考えていらっしゃるようです。これはここだけの話ですが、シーティア様はそれとあわせて、いい機会だからゆっくり見て回って来るように、と伝えるようにとも…。アーキヴァン様と代わっていただけますか?』

チルダと入れ代わりに水を覗き込んだアーキヴァンは静かにお辞儀をすると、相手の声に静かに耳を傾け、ところところで『はい』と返事をする。

「分かりました。皆様にご迷惑をおかけすることになり申し訳ありません」

『いいえ、アーキヴァン様がお気になさることではありません。一同、無事のお帰りを心よりお待ち申し上げております』

「ありがとうございます」

再び代わったマチルダは北へと続く街道沿いの街や何かを確認し、向こうので話している相手と挨拶を交わすとその場を離れ男に向かって『ありがとうございました』と頭を下げる。

石柱に刻まれた模様をなぞるように何かを数え、再び水の上に手をかざした男は手にしていたメモを少年へと渡して『九…でいいでしょう』と言うとまた一人で外へと出た。

少年が手にしたメモと壁にはられた細かな数字がびっしりと書き込まれた大きな大陸の地図とにらめっこをしている間、シアンに続いて立ち上がったシャトとカティーナはそれぞれにマチルダ達と挨拶を交わし、シアンは改めて『こんなとこで何してるの?』と二人に尋ねた。