エマナク 27
「大丈夫みたいだな」
「ありがとうございました。とりあえず問題は引っ掛けて破かないかとゆう事ですが…」
「私も気をつけるわ。昼はどうにかなったけど、夜もうまくいくかねぇ…」
「うまくいくように努力しましょう」
強く振ったレイピアの先がぶれることなくマチルダの腕と一直線にぴたりと止まり、そこから流れる様な動作で鞘へと納められたのを見て、シアンは『ほぇー』と声を漏らす。
『なんです?』とマチルダが尋ねかけたところでそれまで止まっていた笛の音が緩やかに大きくなり、それに続いてアーキヴァンの歌声が響くと二人は揃ってその二つの重なりに耳を傾け、穏やかな表情を浮かべた。
「あれだけ青い顔してへばってたのに、やらないとは一言も言わなかったし…それに、嫌々歌うって感じはないのな。良い声してる」
「かなり無理はしていると思いますが、普段無い刺激で楽しんでもいるのでしょう。…ただ、楽器を扱える方が居て本当に良かったです。流石に一人では歌えなかったでしょうから」
「私としてはシャトがこうゆうことに慣れてるのにも驚いてんだけど、アーキヴァンもあんな風に人前で歌うようには見えないもんな」
「そうでしょう」
しゃがみ込んで頬杖をついたシアンを見下ろしたマチルダは、心配半分、期待半分、といった顔で口角を持ち上げ『国の中なら絶対にしませんよ』とため息をつく。
「もちろん私もこんな格好で人前には出ません」
「割と似合ってるけどな」
にやっと笑ったシアンに"面白くない冗談だ"とでもいうようにマチルダは眉を寄せ、下ろしたままになっていた髪をかきあげながらふと後ろを振り向く。
「何か、妙な声がしませんでしたか?」
「そう?」
立ち上がったシアンもマチルダの横で舞台越しに広場に目をやり、きょろきょろと見回して南に伸びる道の方を顎で示した。
「もしかしてあれか? …小鬼の商隊だろ」
視線の先には身の丈一メートル程の小鬼…といっても魔獣よりは亜人と言った方がしっくりくるその姿には、背丈の他にやや尖った耳と骨格の割に大きな口と瞳を持っている程度で牙や角、鋭い爪といった特徴は無い。
長い袖の先から覗くのは力仕事をするもの特有の無骨な手で、シアンは『余裕がありゃなぁ』と腕を組んだ。
二百年とも三百年とも言われる寿命の中で積み重ねた経験を共有、継承していく事で蓄えられた個々の知識量もさることながら、魔術では及ばない金属の精錬、武具の生成、その他多種に渡る小鬼の高い技術力は大陸一とも称される。
小鬼の中で魔術を扱えるものはごく少ないが、生み出される品々は魔力との馴染みも良く、一部の品は魔術師の手を経ることで更に強力な武具ともなるし、使ううちに自身の魔力、使い方に合わせた武具へとも変わることから、高価ではあるが愛用するものも多い。
商隊に視線を送っているのは何もシアンだけではなかったが、小鬼達は気に留めることもなく広場を横切っていく。
小鬼は小柄とは言え身を守る程度の武芸を身につけている事はもちろん、人より遥かに強い力を持つが、一般的には護衛として何らかの魔獣を連れていることが多い。
しかし、その商隊には魔獣の姿は見受けられず、その代わりなのか、重鎧を纏い背中に二本の大剣を背負った者…大きさからも骨格からも人のように見える…が隊の最後尾に付いている。
どうやらそのことも周囲の視線が集まる一因のようだった。