ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 29

三人が舞台の中央に集まると、昼にも演じていたようにシアンの二本の短剣、シャトの長剣、マチルダのレイピアの打ち合いが始まるが、昼と違うのは打ち合いに合わせて吹き上がる炎の他、それぞれの剣を蛇のように這う炎が薄闇の中にその軌跡を浮かび上がらせていること。

観客からはあまり見えないだろうが、いっぱいいっぱいだとゆう顔をしているところを見るとどちらの炎もシアンが操っているのだろう。

「次な…!」

二人ずつの打ち合いがしばらく続き、再び三人で中央に揃った瞬間シアンがそう言ったかと思うとすぐに三人は一度飛びすさるように距離をとり、タイミングをはかって力一杯舞台を蹴ると舞台中央からは一際大きな炎が噴き上がって金属音が響き渡る。

それぞれの剣に力を込めて押し合う三人、噴き上がった炎の残り火が消えるとほぼ口を動かすことなく『三、二、一…』とシャトが口にしたのに合わせて三人はお互いを突き放す様に勢いよく飛び、シャトがして見せていたのと同じように揃って宙を蹴って更に高く飛び上がった。

身体を翻して三人が着地する直前、舞台の屋根を越え、大きな白い影がだんっ、と大きな音を立てて観客の前に姿を見せる。

風もない舞台の上でなびく白く美しい毛並みと篝火を映してきらめく赤い瞳、普段とは違い周囲を威圧するような雰囲気を纏ったオーリスの背には仮面をつけたあのドレス姿のアーキヴァンが、余裕たっぷりに座っている…様に見えるが、実際には身体を強張らせ長いオーリスの毛を握りしめているのが舞台の上の他の三人からは見えているだろう。

観客に気付かれない様に意識はしているようだったが、アーキヴァンは深呼吸をする。

そして余裕ある態度を心掛けながら周囲に視線を走らせる様に顔を動かし、一呼吸置いて、開演の口上をと口を開いた。

 

そこからは夜ならでは、とゆう事なのだろうが、アーキヴァンやマチルダが直接的を手にしたところへ矢を射ったり、四本、五本と続けざまに飛ぶ矢をシャトが素手で捕らえたり、とやや危険をはらむ芸がいくつも続き、一度舞台裏へと下がったオーリスも昼にマチルダが操っていた物とは比べものにならない程巨大な氷塊を頭上へと吹き飛ばし、一つを二つ、二つを四つ…と熱した刃物ですら及ばない速さで細切れにして見せたり、シャトと共に軽業を演じたりと舞台上で歓声を浴びる。

 

舞台上の四人は酔った観客の近くをうろつく三人の少年に気が付いていて、マチルダとシアンが主導して視線と自分達にしか聞こえないほどの声で"面倒ごとを起こされる前に"と言い交わすと、少年達をまとめて舞台上へと引っ張り上げ、やや強引に演じる芸の中に巻き込んでいく。

一人は再びシアンの的当てを披露する、と背に回ったマチルダに小さな氷の欠片を持たされその身すれすれを飛ぶ矢に、一人は向かい合うシアンとマチルダの間に立たされ、空を切り打ち合わされる剣に、最後の一人はシャトと背中合わせに手足を括られ、各所に乗せられた氷塊を切り裂く見えない風の刃に晒され身を硬くしたが、それぞれがそのあとで『舞台に水を差すようなことは困る』と耳打ちされて怯えたように頷いた。

予定になかった少年達を巻き込んだ分までを含め、昼と同等かそれ以上に沸いた観客に一応は形になったと、アーキヴァンの歌でしめにしようと動きだした四人だったが、客席の後方、広場の奥から聞こえた怒声に観客の視線が舞台から離れ、一同が揃って顔を向けた先ではいさかいなのか、二つの影が揉み合うようについては離れてを繰り返している。

一方は小鬼の護衛についていた重鎧の者らしかったが、何度もつかみ掛かろうとする一方の人間の腕を振り払うとそのまま足早に立ち去ろうとした。

「馬鹿にしやがってぇぇ…! お前らがいるラけで皆が迷惑するんラぞぉ…」

呂律も回らないほどに酔っているらしいその男は何を思ったか突然、重鎧の背に向かって火球を放つ。

それに気付いたのか振り返った重鎧だったが、その火球を受けて上空へとはじき飛ばした衝撃で身につけていた手甲が外れ、石敷きの広場に鈍い金属音が響いた。

「へへへへへっ、何ラよっ、やんのかぁ…!」

酔った男は立っていることもままならないのか、地面に膝をつき、今にも倒れるのではとゆう状態にもかかわらず再び火球を掲げる。

しかし魔力の制御には意識が向いていないらしく、瞬く間に巨大になった火球は、急激な魔力の消耗に男が意識を失って倒れ込む勢いそのまま、重鎧に向かって、もっと言うならば舞台に向かって一直線に投げ出された。

避けるつもりだったらしい重鎧は、自分の背後に多くの人影があるのを見、すぐに背に負った大剣に手を伸ばしたが、一瞬の躊躇いがあだになり、既に避けるにも、体勢を整えるにも間に合わない距離に火球が迫っていた。