ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 34

シアンが扉を開けるなり『お疲れ様でした』と手に乗るほどの綿の塊に指を一本突っ込んだ格好で振り向いたトゥエリが微笑んで言い、シアンは『トゥエリこそ』とほぼ半分に分けられた綿の塊を見てこめかみを掻いた。

「疲れてるだろうから明日頼もうと思ってたのに」

「これくらい何でもありません。…それに綺麗だったので」

シアンの後ろに立つシャトと更にその後ろから部屋の中を覗き込んでいるオーリスに向かって再び『お疲れ様でした』と言ったトゥエリは綿に指を突っ込んではその中の魔石に魔力を込める事を続けながら改めて口を開く。

「こんな小さな魔石をどうするんだろうと思っていたのですが、風に載せて空を飛ばすなんて…驚きました」

「夜なら多少くすんだ色の綿でも目立ちませんし、その大きさの石なら包めば飛ばせるとは思っていましたが、大きさも大きさですから、魔術式の刻印を受けていただけるとは思っていなかったんです。それだけでなく、すべてが問題なくお願いした通りに反応してくれましたし、うまくいったのはお二人のおかげです」

シャトの言葉にはにかんだように笑ったトゥエリは、部屋を見回したシアンに顔を向けると奥の扉を指差す。

「お二人なら奥でお休みです」

「そっか…。ちょっとシャトに用が出来たんだ、それに私も付いていこうと思ってて。一応二人にも声はかけるけど、もう少しここに居てもらってもいい? 帰りによるから」

「構いませんよ。これ、もう少しかかりますし、そのうちにセンセが迎えに来てくれますから遅くなっても大丈夫です」

「悪いね。ついでって訳じゃないけど、明日、朝のうちにちょっと店に寄らせてもらうつもりだから、言っといてくれる?」

「わかりました」

トゥエリとの話が終わると、荷物の用意をするシャトの横を抜け、シアンは奥の扉を控えめに叩いた。

その音からすぐにマチルダの声が聞こえ、シアンは細めに開けた扉と壁に肩を預けて顔だけを奥の部屋へ突っ込むようにして中の様子を窺い、薄明かりの中、一番奥に置かれていたマットも何も敷いていなかったはずの一台の簡素なベッドの上で眠っているらしいアーキヴァンとそのそばの椅子に浅く腰掛けたマチルダに目を凝らす。

机の上にはふわりと畳まれたドレスとマチルダのコルセット、そしてレイピアが置かれていて、着替えていつものシャツとズボンとゆう楽な服装になったマチルダだったが、座ったまま振り向いたその背はぴんと伸びている。

「アーキヴァン大丈夫だった?」

「えぇ、私が戻って間もなく休みました。少し休んだら戻りますから、先に戻られるならこれ、お願いしたいのですが…」

アーキヴァンの横たわるベッドに敷かれた幕や寝具がわりの布を見てシアンは、硬い木のベッドとは言え休むなら野営よりはずいぶんと良いだろう、と勝手に納得していたが、マチルダは昨夜と同じようにシアン達と一緒に森で休むつもりらしく、マチルダとアーキヴァンの"稼ぎ"が入っているらしい革の袋を持って立ち上がった。

「アーキヴァン眠ってるならこっちで休んだら? とりあえず舞台使ってる間はここも使っていい事になってるんだし、無理に私等に合わせることないよ」

「いえ、ご一緒させてください。少しお話したいこともありますから」

「…そうゆうなら止めないけどさ。ただ、今からシャトと一緒にちょっと出てくるから荷物は帰りに預かるわ。そう遅くならないとは思うけど、アーキヴァンが起きても荷物大変そうなら私等戻るまで居て?」

「お待ちしてます。どちらへおいでですか?」

「あ、場所まだ聞いてないわ。夕方見た小鬼の商隊のうちの一人がさっき来て、シャトに薬…? 譲ってほしいって。…トゥエリもまだ居られるって事だから、マチルダも休んでもいいんじゃない? 私の幕とか何とか出してくから良かったら使って」

扉のすぐそばまで歩み寄っていたマチルダは『ありがとうございます』と言った後でシアンとともに部屋を出てシャトに声をかける。

「シャトさん、先程はありがとうございました。お身体は大丈夫ですか?」

「さすがに少し酔ったかな、といった感じはありますが、ふらつく程ではありませんし、大丈夫です」

そう言って笑顔を見せたシャトを見て顔をしかめたシアンは『シャトの身体どうなってんだよ?』とその頭の上から足の先にまで視線を走らせ、改めて"信じられない"と首を傾げていた。