ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

第二部

ある魔術師の記憶 47

ここで暮らし始めてから今まで、必要最低限の外出しかしてこなかったし、街へ出たとしても通る道はいつも同じもの、こうして普段なら通らない道を歩き、曲がらない角を曲がる…なんてことをしてみると、行き止まりにぶつかったり、ぐるりと回って同じ場所に出…

ある魔術師の記憶 46

それからしばらく、屋外から聞こえて来る賑わいの中で三人とも口を開くこともなく、時々手にしたカップを静かに傾けていた。 骨張った長い指の先、落としきれない油の染みた平たい爪、職人としての年月が伺える細工師の手。 およそ魔術師とは思えない日に焼…

ある魔術師の記憶 45

「彼女に初めに気がついた人が一番近かった彼の家に運び込んだそうです…」 「…驚きました、突然のことでしたから…。私は、水の力はあまり使えません…。街の方、なら…私のところには来なかったでしょう…。ネイ…あの子の名です…ネイのご家族とは、話したことはあ…

ある魔術師の記憶 44

僕は目の前の出来事に置き去られるように、俯いたまましばらくじっとしていたレリオさんの視線が上がり、少女の背を見送っていた細工師と、お互い顔を見合わせる様にして意味ありげに、ため息混じりに微笑むのをただただ眺めていた。 少女が飛び出してからず…

ある魔術師の記憶 43

そんな少女の様子に、とゆう事なのか、レリオさんは困ったような顔だけれど安心した様子を見せ、小さなため息をついたあとで微笑みながら再び口を開いた。 「では、ここではずっと魔術を…?」 「はい、怒鳴られたり蹴飛ばされたり…そんなことばかりでしたけれど…

ある魔術師の記憶 42

自分でも何がきっかけで魔術師があのような行動に出たのかが解らないまま、事実を羅列するように言葉をつないでいたのだけれど、聞いている側はより解らないとゆう事なのか、地下にやって来てすぐに魔術師を包み込むように気配を広げ、揺らぐ球体のような状…

ある魔術師の記憶 41

レリオさんの家を訪ねたその日から、精霊と細工師の言葉の通り、寝る以外のほとんどの時間を地下の工房で過ごしはじめた。 工房で本を読み、魔術師が過去に作った魔道具から写し取った式を読み解く事を繰り返す…、そして、自分で式を刻むために魔力を込めよ…

ある魔術師の記憶 40

工房に戻った僕を迎えたのは、しゃがみ込んで壁に背を預けた、あからさまに機嫌が悪く、そのことを隠そうともしない魔術師だった。 ここしばらくは閉ざされていたはずの、道から直接地下へと続く階段の降り口につけられた扉が開け放たれていて、すぐそこにい…

ある魔術師の記憶 39

手紙を読み終えたのか、レリオさんがかさかさと音を立てながらその紙を畳む横で、僕と変わらないか少し年下だろう少女が口を開いた。 「いずれは工房を畳むつもりだと、これまではそうお聞きしていました。…この手紙には貴方が工房を継ぐとまでは書かれていま…

ある魔術師の記憶 38

嘘をつくとゆう事と、フィユリさんの言葉と周囲を満たす気配の間で考えが揺れ、僕は長く黙った後で『どうすればいいんですか?』と口にした。 「嘘を突き通すつもりがあるのね?」 頷いた僕にフィユリさんは小さな声で『ありがとう』と言ったのだけれど、その…

ある魔術師の記憶 37

「出来る?」 「…嘘を、つく、とゆうことですよね…」 「そうよ。でも貴方の為だけじゃない。あの子が自分で考えを整理する時間にもなるはずだから…」これまで知らなかった工房と依頼について、細工師と言葉を補い合うようにしながらフィユリさんは一通りの説明をし…

ある魔術師の記憶 36

「…それで、あの子は?」 「…問題ありません。いつも通りです」 机の上にはフィユリさんが宿った魔導人形の壊れて取れた首から上が、布を詰めた籠の中で少しだけ上向くように置かれていて、そのまま瞬きもなく口を動かしている。 はじめは籠も無く、薄い布一枚を…

ある魔術師の記憶 35

「…フィユリさん…?」 "何? 変な顔して、まるで夢から醒めていないみたい…" こちらの心を見透かしたかのような言い回しに、僕は水の滴る前髪が額に張り付いたまま口を半開きにして固まっていた。 自分としては、それほど長い間そうしていた覚えはないのだけれ…

ある魔術師の記憶 34

「…フィユリさんと、シギーさんは…」 魔術師の言葉を借りるならシギーさんにとってのフィユリさんは"大切な相手"、そしてフィユリさんにとっても同じなのだろう、とは思ったのだけれど、その関係性を言葉に置き換えることが出来ないまま言葉が途切れた。 た…

ある魔術師の記憶 33

「さっきの…フィユリさんの話なんですが…」 話に付き合ってくれるつもりらしく、一度魔術師の眠っている方を振り返った細工師は、さっきまでと同じように少し離れた椅子に座り、椅子ごと、さっきより少しだけ身体をこちらに向けた。 「フィユリさんのことは…

ある魔術師の記憶 32

普段を知らなければ、いつも見ていなければ、波の変化は判らない。 知っていたはずのことなのに、改めて"目に映ったものしか見ていなかったのだ"と、初めのころに見た、強い波を放つ魔術師の姿を思い出し、その姿に今の魔術師を重ねる。 この二年、僕につき…

ある魔術師の記憶 31

細工師は魔術師に薄手の布団をかけると、静かに僕を工房にある椅子へと促し、『少し話しませんか』と意識の半分は魔術師の方へ向けたまま、僅かに光る涙の跡をごしごしと擦って鼻をすすり上げる。 僕の方は僕の方で整理のつかない頭を落ち着かせようと、まだ…

ある魔術師の記憶 30

その空間を満たすその空気には魔術師も気がついている様子で、微かに目を開いて精霊の方に視線を投げることもあるのだけれど、喋ることをやめようとはしない。 「何年もかかってやっと一発。シギーは約束を守ってくれた。それまでにも文字とか、知っていた方…

ある魔術師の記憶 29

「過去の出来事から新たな慣習が生まれるのは当たり前の事なんでしょうし、精霊や神格者なんかに対する畏怖や畏敬の念からくる信仰には何の文句もない。でも、私のは別。当時は知りもしなかったけど馬鹿な話よ。たった一度、街がエテバスのせいで滅びかけた…

ある魔術師の記憶 28

少し間が開いて、嘲笑するように息を漏らした魔術師は『…呆れるわね』と顔をこちらから遠ざけるように壁の方を向く。 「今、心配されてるって勘違いしたうえに、そのことが嬉しいとか思っちゃったわよ…。いちいちいらいらするし面倒だし、諦めて出ていかない…

ある魔術師の記憶 27

地下、正確には半地下の部屋の中、天井のすぐ下にある窓だけがやや明るい。 二階にも個室があるらしかったけれど、工房の奥を簡単に仕切っただけの空間を魔術師が寝室がわりに使っていて、今明かりは無いものの、精霊が躊躇いもなく向かうそこに魔術師と細工…

ある魔術師の記憶 26

自分以外に誰もいない部屋。 目の前には空っぽの人形。 ほったらかしのかまどの中では最後のおきが崩れ、白く靄のかかった硝子の筒を被せられた蝋燭はゆっくりと燃えつづけている。 実際に使ったことも無ければ、使うところを見たこともないけれど、物だけは…

ある魔術師の記憶 25

人形から抜け出た精霊は何もいわずに外へと向かい、机を挟んだ反対側には、薄く開かれたまぶたから空っぽの硝子玉のようなものを覗かせたままの人形だけが残された。 「何だったんだろう…」 首を傾げ、一人で食事を続けながら、片手は傍らに置かれた紙の束を…

ある魔術師の記憶 24

魔術師が工房に篭るようになってから、来客の対応は殆ど僕の仕事のようになっていたけれど、その多くは魔術師本人が居ないとどうにもならない事のようで『本人は今対応できない』と告げるとほぼ全員がそのまま店を後にする。 魔術師が姿を見せないことを承知…

ある魔術師の記憶 23

「初めて口をきいたのはあの人が爺様に連れられて来るようになって五、六年してからです。人づてに聞いた外の世界に惹かれて、自分達のありように疑問を持って…わざわざ波風を立てる気も、誰かに迷惑をかけるつもりもなかったのですが、同じ立場の仲間達から…

ある魔術師の記憶 22

そのころには始めのうちは僕を避けていたらしかったもう一人の先住者、魔術師と一緒に仕事をしている細工師とも会話を交わすくらいにはなっていたけれど、魔術師の事も細工師の事も、そして精霊のこともよく知らないまま、ただ魔術の事だけを考えて生活して…

ある魔術師の記憶 21

魔術師は家に向かう前に水鏡に寄り、何故かその水鏡の魔術師をともなって足早に街の中を進んでいく。 街の水鏡は一人だけで僕も顔だけは知っているけれど、二人はどうやら顔見知りらしかった。 言葉を交わすことは殆どないものの、あまり人を寄せつけない魔…

ある魔術師の記憶 20

「さっさと乗って」 「…これは?」 目の前には鞍をかけられた竜馬の姿。 周囲に広がる波の様子から、ここに来るときに出会った獣遣いが連れていた竜馬だろうか、とは思ったのだけれど、何故ここに居て、しかも"乗れ"とはどうゆうことなのか…と戸惑っていると…

ある魔術師の記憶 19

「ひどい顔ね」 夕方になって現れた魔術師はそう言うと並んだままの料理を下げ、その代わりの料理を再び棚に載せる。 「今朝…食事を届けるのを忘れてたから、それについては悪かったわ…と、思ってきたのだけれど、全然食べてないし、寝てもいないの?」 「……

ある魔術師の記憶 18

"眠れなかったの?" 夜明けとともに姿を見せた精霊は昨日と同じ冷ややかな目のまま、心配そうな声を出す。 "食事も…水くらい飲まなきゃだめよ" 「気にかけるふりですか?」 "変なこと言うのね? どうしてふりだと思うの?" 「隠す気もないのでしょう?」 "噛…