エマナク 20
差し出されたはぎれに目を落としたマチルダは『あぁ…』と何かに納得したような声を出し、一通り目を通した後で
「すみません、私もこうゆうものはあまり」
とシアンをまっすぐに見て頭を下げる。
シアンが差し出していたのは街道から外れた土地での鉱石や植物の採取、害獣とされる生き物の駆逐や駆除など、少なからず危険を伴う依頼だったが、マチルダがシアンの話を断ったのは危険の有無よりも害獣とされる動物や僻地に住む他種族との衝突を嫌っての事らしかった。
そんな中でマチルダが"私も"と口にしたのは、最初に目に付いたのが駆除の依頼だったからで、シアンとシャトのやり取りも含め、獣遣いのシャトはそういった依頼を喜ばないのだろう、と愁いてでもいるかのようにわずかに眉を寄せる。
それが伝わったのか、シアンはばつが悪そうにこめかみを掻きながら『いや、それだけじゃないんだけど…』と口ごもり、改めて自分の手の中の依頼を読み返した。
「二人じゃちょっと辛そうだな、ってゆうのもあるし、マチルダは割と慣れてそうだと思って…」
それを聞いて自分の腰に下がった剣に触れたマチルダは
「…飾りとゆう訳ではありませんが、実際に剣を振るうことはあまりありません」
とその剣の柄をぐいと押し下げるように力を込める。
「…剣など無くていい、となればその方がいいくらいです…」
ぼそっと呟くように口にしたマチルダは、少し黙った後で、シアンを越えて少年に声をかけた。
「外の掲示を見させていただきましたが、全体から見ると街の外からの依頼はあまり多くないのですね」
「そうですね、センセは何も言わないので、依頼に限らず街の皆が好き勝手に…。うちで掲示したものが埋もれてしまって困るんですが」
改めて依頼をまとめた束をめくりながら少年は答え、そのあとで『南方への荷運び…収穫の手伝い…門番…は長期だからダメか…』とぶつぶつ言いながらいくつかを抜きだし、シアンに示すように机の上に並べていく。
「センセが持ってきたもの以外ではこの辺でしょうか…。新しい依頼がここのところ来ていないのであまり条件のいいものは残っていなくて」
少年が再び束をひっくり返す横でシアンとマチルダが揃って机の上に並べられた依頼に目を通していると、腕に山のように抱えたはぎれを歩く度にひらひらとこぼしながら男が戻り、その姿に少年はぽかんと口を開けて首を傾げる。
「ずいぶん増えていたので古いものを剥がして来ました」
突飛、とゆうほどではないのだろうが少年は『今やらなくても…』といったあとで申し訳なさそうにシアン達に向かって頭を下げ、困った顔で、しかし何処か楽しそうに男に駆け寄るとその腕に抱えられたはぎれの山を半分受け取り、奥へと運びながら、ひらっと落ちた一枚のはぎれに目を落とし、ふっと笑顔を見せた。
シアンが覗き込んだそのはぎれには色とりどりの刺繍が施されていて、中身は街に来た旅芸人の興行、その宣伝のようだったが、他の布にまぎれても人目を引くようになっている。
「これ、何か特別なの?」
「えっ…いえ、あの…この前来たとき、センセと見に行ったので…」
「へぇー。芸人の興行って良くあるの?」
「…時々…。この街は年中賑やかですが、そうゆうことがあるともっと賑やかになりますし、街の人たちも好きみたいですよ」
何故かどぎまぎする少年をよそに、シアンは『じゃあ今から芸人になるか…!』と冗談のつもりで口にしたあとで荷運びの依頼の書かれたはぎれを手にしたが、マチルダは割と真面目な顔で『悪くないんじゃないですか?』とアーキヴァンを見やり、悪戯を思いついた時のように口の端を持ち上げた。