ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 17

「おまっ、暴れるなっ、っいっ…! 噛むんじゃねぇっ!!」

シアンの姿を見失ったカティーナ達は聞こえて来る声を頼りに路地を辿り、いくつ目かの角を曲がったところで子供の首に腕を回して抱えるように座り込むシアンを見つけた。

「何をしているんですか」

「何って…」

「探すのは荷物だけでいいと仰ったのはご自身でしょうに」

「…逃げるからつい」

シアンが手を離すと子供は手足をばたつかせてその膝から勢いよく逃げ出し、壁に背をつけ張り付くようにして、威嚇なのか、これでもかと食いしばった歯を剥き出しにう゛ーと唸る。

「悪かった悪かった。別にあんたをどうこうする気はないから」

「う゛ー!!」

シアンに対して唸りつづける子供、少しの間その子を見つめた後でシャトが声をかけようと一歩近付いたところで不意にシアンが背にしていた扉が開き、一人の男が姿を見せた。

「ヒワナさん?」

男がそう口にすると子供はシアンを出来るだけ避けながら開いた扉の奥へと飛び込み、男の陰に隠れて服を掴む。

座ったまま男を見上げたシアンはその油っぽい髪と疎らに髭の生えた顔に『あ、水鏡の…』と声を出したが、男の方は怪訝な顔でシアンを見下ろしたまま黙っている。

「センセ、どうしたの…?」

建物のさらに奥から聞こえた声に子供が奥へと駆けていくと、それと入れ代わるように一人の少年が姿を見せた。

 

「ヒワナさん、こちらにいらっしゃい」

シアンが事情を話すと水鏡の男と少年は顔を見合わせ、三人を建物の中へと招き入れて椅子をすすめ、子供を呼ぶ。

その建物は昨夜シアンが最初に掲示を確認に来た水鏡だったようで、通された部屋の先に石柱が八本並んでいるのを見たシアンは、子供を呼んだ男を珍しげに眺めているが、男はその視線に気がついていないらしく壁の向こうに隠れて出てこない子供に再び声をかける。

「ヒワナさん、出てこないなら出入り禁止にしますよ」

路地でシアンと相対していた時とは違い、おどおどと俯いて涙の浮かんだ目をしばたいている子供、ヒワナと呼ばれたその子は男の横に来るとかすれた泣き声をあげ、ぽろぽろと涙をこぼす。

「また無理矢理連れていかれたのでしょう、荷物の方は私がどうにかしますからまずはきちんと謝りなさい」

「ぅ、ぁ"あ…」

ヒワナはいっそう大粒の涙をこぼしながらカティーナの前に出ると、頭を下げたが、その口から出るのは一切言葉にならないかすれた小さな音だけで、カティーナは困ったように『大丈夫ですよ』と声をかけた。

ヒワナはしゃくりあげながら座り込み、ひーん、と声を上げながら赤黒い痣の見える腕で自分の顔を擦っている。

少年が泣きつづけるヒワナを別の部屋へと連れていくと、それまで黙っていたシャトが『あの子、話すことが出来ないのですね』と静かに口にした。