エマナク 9
「えっ…盗まれたって…?」
森に戻った二人を微笑んで出迎えたシャトは、手と口をベタベタにしたイミハーテを膝に載せ、熟れて柔らかくなった果実を潰したものをゆっくりと掻き混ぜながら煮詰めていたが、シアンがどっと腰を下ろしながら『カティーナの荷物が盗まれた』と口にすると手を止めて目を丸くする。
「突き飛ばされたのか体勢を崩して…それで」
「お怪我は?」
「ありません」
シアンは二人の横でカティーナの手へと視線を向けたが何もいわずにシャトの鍋の中を覗き込む。
「…それで、何も見つからなかったんですか?」
「いや、金以外は一応見つかったんだけど…」
苦い顔で頬杖をついたシアンはそういったあとで『金がない』とはっきり口にした。
「…お金が盗られても荷物が無事なら…」
「違うよ、さっさと売っぱらわれて"そうゆう"店に並んでんだけど、買い戻すための金がない」
「私も大して持っていませんが、少しなら…」
「それでどうこうなる額じゃないと思う…」
シアンは困惑した様子のシャトにそう言ってため息をつくと街での出来事を順追って話しはじめた。
カティーナと手分けしてそれらしい店を探して回っていたシアンはいくつかの店に目星を付けて足を運んだ。
荷物を盗られたなんて事はその店々では口にしなかったが、何故かそのうちの一つの店で別の店に行くようにと簡単な地図を渡されたという。
地図に記されていたのは街の北側でも特にいろいろな意味で怪しい店の多い場所らしく、旅人は滅多に立ち寄らないが、シアンは地図をぱっと見ただけで場所が分かったのか、その地図をくしゃっとポケットに突っ込むとお礼を言って店をあとにする。
「やっぱ新しく買い揃えた方がいいわ、こりゃ」
そんなことを言いながら地図に記されていた場所へ向かうシアンだったが、その足取りはだいぶ重く、近付くにつれて段々と嫌そうな顔になる。
地図に記された場所には何の看板もなく、周囲はいわゆる貧民街で、店らしい店はなかったが、路地の奥から割と身なりの良い男が出てくるのをやり過ごすとシアンはその路地に入り、死角にある重厚な木の扉を音もなく開いた。
「いらっしゃいませ」
店の奥からは女性としては低めだが、男性とは違う何か艶とでも呼ぶべきものがのった声が届き、窓一つないとゆうのに室内特有の暗さも無ければ空気のこもった不快な感じも無いその空間は、調和が取れている、としか表現出来ないのだが、シアンはもとより訪れる者すべてに言い表せない不快感を与えていた。
奥から姿を見せたのは均整の取れた身体に、黒のようで黒ではない深い深い夜色の、何処のものとも解らない型の服を纏った女。
床に届くほどの緩く波打つ髪の色は夕空の紫のように曖昧で、瞳はその空を写した水面を思わせる。
夜明けの朱をそのまますくい取って乗せたのではないかと思うような唇が弧を描いたかと思うと『今日はひとりなのね』と最初に届いた声とは違う、いたずらを思いついた子供なような、何かに期待をする響きを孕んだ声が怪しく響いた。