ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

その夜

結局、精霊の蜜玉で映し出された風景について誰かが何かを話すことは無く、改めてお湯を沸かして淹れたお茶を四人はゆっくりと静かに飲み、荷物の用意するとゆうシャトにあわせてカティーナとシアンもそれぞれの部屋へと荷物を置きに行く。

明かりの要らない内に全員が風呂を済ませ、クラーナが腕によりをかけた夕食を食べる頃にはシャトもシアンも普段とそう変わらない様子でクラーナを交えて話をしていた。

食事の後でクラーナと果実酒を飲みはじめたシアンをよそに、荷物を置いた部屋に戻ったカティーナは開かれた窓から日が沈んで段々と夜に近付いていく空を眺め、ふと上空を横切った影に顔をあげる。

ちらと見えた姿はオーリスのようだったが、身を乗り出してみても何も見えず、カティーナはそのまま辺りと一緒にゆっくりと夜の闇にのまれていった。

 

微かに吹く風に乗って森の動物達の気配が伝わって来るが、夜は深くなり、辺りは静まり返っている。

壁に寄り掛かるようにして座っていたカティーナは段々と近付いて来る強い魔力に立ち上がり、星明かりを頼りに窓の外を透かし見た。

淡く輝く髪と白く浮かぶ肌、妖しく光る瞳、闇の中、遠くからでもその姿ははっきりとカティーナの眼に映っている。

「一人か?」

問い掛けたナガコの声に圧は無く、カティーナはゆっくりと頷くと周囲を見渡す。

ナガコの魔力を感じているだろうオーリスやマナテ、そして他の動物達が騒ぐ事もなく、その場に居るのはカティーナとナガコだけで、シャト達が起きて来る様子もない。

その事にカティーナが違和感を覚えたらしいことを見透かし、ナガコは言う。

「皆慣れているのだ。私が山を下りたくらいで騒ぐ者はここにも森にも居はしない」

ナガコは音一つ立てずにカティーナの前までやってくるとその顔を覗き込んだ。

「シャトが挨拶に来た、しばらくここを離れると。お前達と共に行くらしいな…」

ティーナは何を思ったか、

「シャトさんは私達と一緒に行くことを望んではいないように感じます」

と言い、昼間の様子を伝えようとするが、その前にナガコが口を開く。

「望んではいないだろうな。だが、望むと望まざるにかかわらず、決めたのはシャト自身だ。誰かが口を出すことではない」

一度カティーナから離れたナガコは空を仰ぎ、深いため息をついた。 

「ただ、あれは私にとって大切な友で家族のようなものだ。いつだって本当の幸せを願っている。…あれは自分では意識していないのだろうが、"ずれて"いる。共に行くのなら、シャトの事、よろしく頼む」

ナガコはそう言うとその身体を伏せるようにして深く頭を下げた。

洞窟での様子からは考えられないようなその態度に、カティーナは戸惑っているようだったが、ナガコを正面からじっと見つめ、『何故私に…?』と口にした。

ナガコは表情を変えることなく再びカティーナの顔を覗き込む。

「ただの"人"なら頼みはしないさ」

ナガコはそのあとに"シャトにとっていくらかましだろう"と言いかけたが、髪を手で大きく払い身を翻すとそのまま森に向かってその場を離れていく。

残されたカティーナは夜の闇に溶けた森にその姿が消えてからも窓枠に頭を預け、ナガコの言葉の意味を長い間考えつづけていた。