出発の時
魔獣に追いかけられる夢を見て唸りながら寝返りを打ったシアンは、その振動で矢筒が倒れた音で目を覚ました。
まだ寝ぼけているのか、外から聞こえる動物達の声に"夢の続き"なのではと辺りを窺い、窓を開く。
空には雲一つ無く、ちょうど山から顔を出した日に照らされた畑が、朝露できらきらと光っている。
見下ろした先にはシャトを囲むように大きな輪が出来ていて、簡単に数えられる大型の動物だけでも二十頭…と、思ったところでシアンに気付いたオーリスが何か言ったのか、シャトが顔をこちらに向けた。
「おはようございます」
「おはよう。賑やかだな」
「すみません、うるさかったですか?」
「いやそんなことないけど。その子達は?」
「半分は私達のパートナーで、もう半分はこの辺りで暮らしている子達です」
よく見るとリーバやティカ、最初にここを訪ねた時にレイナンが乗っていた大きな鳥の姿もあり、シアンは邪魔な前髪をかきあげ興味深げに一頭ずつ眺めている。
そのうちに家の中から声がかかったのか、シャトは『今行きます』と答えて動物達に手を振り、シアンにぺこりと頭を下げると足早にその場を離れていく。
残された動物達は少しばらけはしたものの、何かを待っているのか家の周囲に留まっていた。
朝食を終えて出発の準備が済むと、クラーナはまた炒った木の実や焼き菓子、果物に薬草とずいぶんと沢山のものをシアン達に持たせようとし、遠慮する二人との間でしばらく荷物が行き来していたが、シャトの『歩くのに邪魔になる』とゆう一言で二日分程の食料と数個の果物程度に落ち着いた。
二人とクラーナの挨拶が済む間、シャトはまた動物達に囲まれ何かを話しているようだったが、そこにマナテとオーリスの姿は無い。
「機会があったらまた遊びに来て」
「ありがとうございます。お世話になりました」
「ほら、シャト…」
クラーナに呼ばれたシャトが動物達に向かって『行ってきます』と言うと、それに答えるように皆は大きな鳴き声をあげ、道を開ける。
「気をつけていってらっしゃい」
「はい…行ってきます」
「二人も気をつけてね」
小さく手を振り、三人を見送るクラーナの周りで動物達がまた揃って鳴き声を上げ、その響きに応じたのか、森からは精霊が姿を見せた。
「祭に行ってそのまま向こうまで行くんだろ?」
「はい、そのつもりです」
「オーリスは一緒じゃないの?」
「少し用があるので…夜には追いついて来ると思います」
家から離れてもまだ聞こえつづける鳴き声と、辺りを飛び回る精霊にカティーナは不思議そうな顔をしていたが、シャトが何かを言うことは無く、三人はゆっくりと坂を下っていく。
祭のある村には日暮れ頃には着くと言うシャトの姿はいつもと変わらず、飾り気のないワンピースに布の靴、そしてキーナの入ったいつものリュック。
クラーナのさらっとした見送りとその格好は、ちょっとそこまで、といった風だったが、動物達と精霊の態度はそれとはちょっとちぐはぐで、お互いの事もまだよく知らない三人の旅は、少し風変わりな幕開けになった。