興味
森を抜け、崖沿いの細い道を下り、また森の中へと入る。
川を渡り、なだらかな坂を上がってまた下りる。
辺りに人気はないが、道は草に埋もれることなく、足元を気にせずに歩ける程度には均されていて、ここを通る者は少なくないらしいことが判る。
人里から離れた山の中ならば魔獣に襲われることもままあることだが、この道沿いにそんな気配は無いようだった。
「少し休むか」
道からすぐの林の中の開けた一角、誰かが夜営でもしたのか、火を焚いた跡を見つけたシアンは周りの倒木やら岩やらを見てそう言った。
最初こそゆっくりと歩いていた三人だったが、カティーナは歩くこと自体は辛くないらしく、いつの間にか山道に慣れたシャトに合わせるようにずいぶんとペースが上がっていた為に多少休憩をとったからといって問題もない。
「カティーナ頼む」
木陰に荷物を下ろしたシアンは、厚地の布を水筒の水で濡らすとカティーナに差し出し、カティーナもそれを受けとると悩むことなく冷気を纏う。
すぐに布の表面にはうっすらと氷が張り、シアンは礼を言うが早いかその布を顔に押し当てた。
「北の寒さが懐かしい」
シアンは手や首をさっと拭くとぱんっと音を立てて布を広げ、頭に被ると荷物の中から果物とナイフを取り出した。
そして立ったまま手早く簡単に切り分けたそれを『食べるか?』シャトとカティーナに渡し、そばの岩に腰を下ろす。
「聞いてなかったんだけどさ、シャトはオーリスが居なくても平気なの?」
「平気…?」
「街道沿いならそんなに危ないこともないと思うけど、何かあった時に身を守る事が出来る人?」
「身を守るくらいなら、たぶん…」
シャトはシアンがどの程度の事を想定しているのか判らずにそう答えたが、シアンは『ふーん』と手に持った果物を食べ進める。
「手合わせしてみよっか?」
「手合わせですか…? …えっと、必要なら」
果物を食べ終えた二人は鞘を抜かないままのナイフを手に立ち上がり、シャトは手甲を身につける。
「火は使わないけど、身体は段々能力あげてくから、そのつもりで」
「よろしくお願いします」
二人が距離をとって向かい合うと、カティーナは木陰からその姿を眺め、『怪我しないでくださいね』とどちらに言うでも無く口にし、そばに落ちていた石をぽんと放り投げた。
誰が何を言った訳でもないが、その石が地面に落ちた瞬間に二人は走りだし、中央で鞘同士がぶつかるとシアンは腰からもう一本のナイフを取り、シャトは手甲でそれを受ける。
シャトはすぐに飛びのき、手甲の内側から取り出した薬包紙をナイフの柄とともに握り込むと、同じく取り出した大きな針をシアンの足元を目掛けて打ち出す。
それを避けるようにしてシャトに迫ったシアンは二本目の針をナイフで弾き、もう一方のナイフをその首目掛けて突き出すが、シャトもそれをぎりぎりでかわすとナイフを手放し瞬間的に薬包紙を開いた。
息を詰めて踏み込むシアンにふりかかる粉、ナイフを避けて飛びのいたシャトは再び針を打ちだしシアンの逃げる方向に制限をかけようとするが、シアンはそのまま離れる事無くシャトに迫る。
二つ目の薬包紙を開いたシャトは転がっていた石に足を取られてバランスを崩し、シアンは僅かに吸った息に身体の自由を奪われかけながら、そのままシャトに向かって倒れ込んだ。
シアンのナイフはシャトの首に的確にあてがわれているが、シャトはシャトで針の背を倒れ込んだシアンの肩に本来なら刺さるだろう位置で構えていて、カティーナは『引き分けでしょうか?』と重なり合ったまま動かない二人を助け起こそうと立ち上がった。
一歩踏み出したところで勢いよく吹き抜けた風に何かを探すように顔を空に向けたが、空には高いところを飛ぶ鳥以外の姿はなく、オーリスを探したらしいカティーナは首を傾げるようにしながら二人のもとに向かっていった。