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わざわざ二人で見張りについたのだが、その夜は穏やかで、どこか遠くから獣の遠吠えが聞こえてくる事はあっても近くに生き物の気配を感じることもなく、夜中の交代の時間までさほど気を張らずにそれぞれが思い思いに過ごしていた。
「そろそろか?」
「そうですね…」
時計がわりの魔石を確認したカティーナは膝の上に広げていた布を畳んで片付け始め、シアンは大きく伸びをするとオーリスに声をかけようと振り向き、すでに幕から出てきていたシャトの姿に動きを止めた。
「…ちゃんと眠れた?」
擦り寄るオーリスを優しく撫でながらシャトはこくんと頷き『交代しましょう』と口にしたが、その顔は普段と変わらず、本当に寝ていたのだろうか、とシアンは首を傾げる。
「寝起きいいんだな」
「…? そうですね、あまり困ったことはありません」
「なんだ、本当に寝てたのか…」
シアンの言葉に今度はシャトが首を傾げたが、シアンは『いい、いい』と手を振り、
「特に気になることは無かった、後よろしくな。おやすみ」
と片付けの途中だったカティーナを残し、さっきまでシャトが休んでいた幕へと姿を消した。
シャトは明かりのそばに丸まり直したオーリスの隣に座り、遠くから聞こえてきた獣の声に耳を澄ませたかと思うと、何故か『ふふっ』と息を漏らすように静かに笑う。
「どうかしたんですか?」
「いえ、何でも…。ローブ、進みましたか?」
「ええ、少しは。縫い物とゆうのは嫌いではないのですが、ゆっくりなので気長に進めます。…この世界でも縫わない服とゆうのがあるそうですね」
「ええ、布は織って作りますが、あとは魔力で接ぐのだそうですよ」
「つぐ?」
「織られた糸同士を元々一本の糸だったかの様に繋ぐんです。織ったり切ったりしないで作る方法もあるそうですけれど、それは私もよく知らないので…」
「一度実際に見てみたいですね」
「シアンさんも、もしかしたら出来るかもしれませんよ」
カティーナは意外そうな顔をしたが、ふっと微笑んで『明日にでも尋ねてみましょう』と言うと、片付いた荷物を手に立ち上がる。
「何かあったら遠慮なく声をかけてくださいね。失礼します」
「おやすみなさい」
二つ並んだ幕の空いている方へ向かったカティーナは一度振り返って軽いお辞儀をすると靴を脱ぎ、幕の入り口を静かに上げて姿を消した。
シャトは隣のオーリスの肩の辺りに頭を預けると、それまでは手元を照らす様につけられていた魔石の明かりを石自体が僅かに光る程度に抑え、闇の中を見つめるように視線を投げた。
翌朝、空が明るんで来るとカティーナが幕から姿を見せたが、その場に居たのはオーリスだけで、そのオーリスも一点を見つめるようにしたままカティーナの声に応えることもしない。
いつもと違うオーリスの雰囲気にカティーナは剣を手にとり、
「シアンさん! 起きてください! シャトさんを探してきますからここお願いします」
と声を張ると、幕の中のシアンが応えるのも待たずに結界の外へと足を踏みだして、オーリスが見つめる先へと駆けていく。
周囲に目を配り、気配を探るようにしながらも足を緩めることはなく、しばらくして少し先の砂地に人影を見つけるとカティーナは目を凝らした。
砂地に見えた影はシャトだけではなく、街で見せられた絵と寸分違わぬ姿の魔獣がシャトの正面で身体を起こし、威嚇でもするかのように地を這うような声を漏らしている。
「…剣」
カティーナには届かなかったが、シャトがそう口にするとリュックの中から細身で薄い片刃の剣が現れ、その剣を手にしたシャトは足場のない空を蹴って高く飛び、落ちる勢いに任せて魔獣にせまっていく。
「シャトさん!!」
カティーナが思わず声を出したのと、魔獣の背にシャトが剣を振り下ろしたのはほぼ同時で、翼を落とされ地に伏した魔獣のそばに降り立ったシャトは、血に濡れた手で顔を擦るようにしながら振り返る。
そしてその先にカティーナの姿を見つけると、困惑の表情のあとでいつものように困ったような笑顔を見せ、手にしていた剣を地面に突き刺した。