ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

影響のかたち

シアンに覗き込まれた魔獣は、牙の見える小さな口と黒々と濡れた大きな瞳で愛らしく見える。

だが、怯えたようにカティーナに擦り寄った後で出した声は潰れたように濁り、その様子と見た目とそぐわない響きにシアンは近付けた顔をゆっくりと離していく。

「…怖がらせちゃったか…?」

「怯えては居るようですが、声は嵐に呑まれたせいだろうとシャトさんが」

「えっと、話しかけても通じない?」

「オーリスさんほどではないようですが、簡単な言葉でゆっくり話せば通じるようですよ?」

「あー、えっと、何もしないし、怖いなら近付かないから、安心して」

魔獣はその言葉を理解していないのか、カティーナの腕の中で隠れるように胸に顔を向けて身を縮め声を出すこともなかったが、ゆっくりと規則的に動く背中からはひどい怯えは伝わってこなかった。

 

岩に寄ったオーリスのそばに二匹の魔獣を休ませたシャトは着替えて二人と並んで手早く食事の用意を済ませた。

出来るだけ落ち着いて休ませようとゆうことなのか、シアンはオーリス達から少し距離をとって腰を下ろし、二人は三角形を描くようにそこに並ぶ。

三人が揃うと、オーリスの方をちらちらと窺うシアンが魔獣達の事を話題に口を開いた。

「街でも言ったけど、大きい方の、子…? は南の岩場で似た魔獣を見たよ。名前までは知らないけど、聞いた話では基本的におとなしいらしい。鉱物を食べてるんじゃないかってさ」

「まだ詳しい話は聞けていませんが、二人ともこの辺りの子ではないようです。種族は違いますが長く一緒に居るらしいです」

「あの子達は意思の疎通がとれるんだ…?」

「いえ、小さい方の子は以前は人の言葉を含めいくつかの種族の言葉を扱えたらしいのですが、今は言っていることはある程度解っても自分で話すことは出来ないと…。この二人に関しては精神的なものよりも肉体的な影響が大きかったようです」

「肉体的な影響ねぇ…あんまり聞かないな、そうゆうの」

「そうなのですか?」

「あまり例がないのは確かです。ただゼロとゆう訳でもありませんし、もしかしたら、その姿に見て解らないほどの変化が起きたうえで言葉を扱えなくなって元の仲間の元に戻れなかった、とゆう場合が多々あるのかもしれません」

「中身が何者なのかを確かめられるのは獣遣いを始めとして、極限られた者だけ、ってことか。そうゆう可能性も確かにあるな」

何かを考えるように言葉を切ったシアンだったが、少し間を置くと、『あの子達が一緒に行くのは反対しないけど』と前置きをしてシャトの顔を窺った。

「どうやって動くの? しばらくここに居る?」

シャトはふるふると首を横に振り、オーリスを振り返る。

「移動することに抵抗はないようですから、片付けたら出発しましょう。少し大きいですがあの子ならオーリスに乗ることも出来ますし、傷が癒えるのにそう時間もかからないとおもいますから」

それを聞いたシアンは躊躇いなく剣を振るったらしいシャトに、その時のことを詳しく尋ねようとして、"なるようになる"と開き直ったはずの頭の隅で繰り返されるライマの言葉に口をつぐんだ。

「どうかしたのですか?」

「シアンさん?」

ぱたっと動きの止まったシアンだったが、二人に見つめられるとシャトに向かって『市で布を買ったんだけど』と全く別の事を話しはじめた。