香り、のようなもの
魔獣達について行くと、森からはかなり離れた生き物の気配のない岩場にたどり着いた。
見える場所にはシャトとオーリスの姿はなく、シアン達が姿を探して辺りを見回すと、足元に大きな影が落ちる。
見上げるとシャトを乗せたオーリスがゆっくりと坂を下りるように空を歩き、そのまま半円を描くように音もなくシアンとカティーナのそばに降り立つ。
眠気は抜けていないようだったが、それとほぼ同時にシャトも地面に軽やかに飛び降り、ゆっくりと頭を下げる。
「すみません、お騒がせしました」
「いや、シャトが謝ることじゃないでしょ…?」
「…。いえ、私がもう少し気にして動くべきだったんです」
胸に飛び込むように大きくはばたいた魔獣を受けた止めたシャトは、その頭を撫でながら街道に向かって歩き出す。
その後ろにオーリスともう一匹の魔獣が並び、シアンは一足先に歩き出したカティーナに促されるように足を踏み出した。
シアンはシャトが何かを話すだろうか、としばらく静かに歩いていたが、シャトの腕からオーリスの背へと魔獣が移った事をきっかけにシャトのすぐ後ろに付き、静かに声をかけた。
「ああゆうの、よくあるの? とゆうか知り合い?」
「いいえ、知らない方です。あのように大きな声を出される事は多くはありません。でも、私達を…あまり良く思わない方は珍しくありませんから」
今までに何度か聞いた台詞だったが、良く思わないにしてもさっきの亜人の対応は酷いのではとシアンは眉をしかめた。
「変なこと聞くけどさ、ライマが言ってたんだ、見た目だけで獣遣いを区別出来る人は居ないだろう、って、さっきの猫…? あれは何でシャトが獣遣いだって? それににおいがどうこうって…」
シャトは答えられないのか、それとも答えたくないのか、少し黙り、沈黙の中に高い空を飛ぶ鳥の声が降って来る。
その姿を見上げたシャトはふっと息を吐いて考え込むように俯き、言葉を選びながら口を開いた。
「私達を見た目で区別出来るとゆうのは確かに聞いたことがありません。ただの人ならば、本人が隠している限りまず気付くことは…ないと思います」
シャトが話し出すとオーリスが隣に並び、シャトはその身体を撫でながら続ける。
「先ほどの方は"甘い香り"とおっしゃいましたが、魔獣や亜人…魔力を扱えない生き物…そんな中でもある種の力に敏感な方は何かを感じるそうです。他の生き物の力を借りて生きるための特性なのかもしれません。ただ、意識してどうにか出来るものでもなく、好かれるか、嫌われるか、割と極端で…。それは人に良く思われないとゆうのともまた違う話ですから、なかなか、難しいです」
シャトは何一つとして嘘は言っていなかったが、獣遣いとして口に出来ない、してはいけない部分を自分の頭の中だけで考えていた。
それは相手がシアン達だからとゆうわけではなく、獣遣い達の戒律のようなものらしく、シャトは眠気のせいでぼんやりとしていながらも意識の中に一本の線を引き、その線から先のことを口に出すことは一切しない。
獣遣いが"甘い香り"と表現される何かを発していることは間違いないらしかったが、シアン達にはその香りを感じることも出来ず、その香りのせいで"嫌われる"とゆう事がいまいち理解できていないようだった。