招かれざる者
菓子を手にしたままうとうとしているシャトを眺めていたシアンは、カティーナが立ち上がって振り返った事でそちらへ顔をむけた。
「どうした?」
「…いえ、何かが、近付いて来たような感じがしたのですが、突然消えて…」
「遠ざかったとかじゃなく?」
「どうでしょう、私が魔力を検知出来る範囲ぎりぎりの…。…やはり何か近付いて来ます」
シアンは残りの菓子を水で流し込むと立ち上がり、シャトも顔をあげている。
「人じゃあないんだな?」
「ええ、おそらく」
カティーナの示した方を警戒しながら、シアンはオーリスと魔獣達を窺ったが、誰にも警戒している様子はなく、オーリスはいつ外に出て来たのかキーナを頭に乗せてゆらゆらと身体を揺すり、魔獣達はそれを真似するようにそれぞれが身体を揺らしていた。
「危ないものじゃなさそうだな…」
「…そのようですね。…そろそろ来ます」
道からは少し外れた森の中からこちらを窺いながら現れたのは肌の感じや歩き方から人のようにも見えたが、近付いて来ると、縦に切れた瞳や尖った爪、鋭い犬歯など、そこかしこに獣の特徴が見て取れた。
現れた亜人は特別武器を持っているわけでも、敵意を剥き出しにしているわけでもなかったが、その表情はきつく、二人を越えてシャトを睨んでいるように見えた。
「…。こんにちは」
シアンはとりあえず、と挨拶をしたが、亜人は一瞥をくれることもなく、シャトに向かって声を上げた。
「ところかまわず甘い香りを撒き散らして迷惑なのよ! 吐き気がするわ。余計なものが寄って来る前にさっさと消えてくれる!?」
そう言われると、シャトは立ち上がり小さく頭を下げ、シアンが声をかける間もなく『この子達が居れば落ち合えますから…。先に出ますね』とオーリスと並んで森の外へと向かっていく。
シアンはその背を見送っていたが、ふん、と鼻を鳴らして来た道を帰ろうとする亜人にあからさまに不機嫌な様子で『何様だよ』と口にした。
振り返ってシアンの頭の上から足の先までゆっくりと舐めるように視線を動かした亜人は、不愉快そうに顔を歪ませて鋭い爪の先で自分の口元を撫でる。
「あんなのに長居されたら森の中がざわつくの。何もしてないなんて言わないでよ、居るだけで迷惑なんだから。あなたたちが何なのかは知らないけど、あの獣遣いはそれが解ってるから何も言わない。あなたが私に何かを言うのはお門違いよ」
「訳わかんないけど、何にしたって言いようがあるだろ!」
シアンが再び声を投げると亜人はかぶっていた帽子を取って、馬鹿にするように、わざと恭しくお辞儀をすると、これ以上相手をするつもりはない、とゆうことかそのままきびすを返して歩き出した。
「何だよあれ」
「判りませんが、それより、シャトさんを追いましょう」
残された魔獣達は目の前で起きた事など気にかける様子もなく、オーリスとキーナを真似したのかいつのまにか重なり、またゆらゆらと揺れていたが、カティーナとシアンがどうしたらいいのだろう、とそちらを見ていることに気がつくと『しーあーんー』と一声鳴いて森の外へ向かって歩き出す。
「ついて行けばいいのか?」
「しーあーんー!」
「どうやらそのようですね…。行きましょう」
二人は亜人が消えた森の奥へと視線を送り、何かもやもやとしたものを抱えて魔獣達の後についてその場を後にした。