それぞれの思うこと
キーナは少しだけ、眉間にしわを寄せ顔をしかめるような、そんなそぶりを見せたが、その場から消えることはなく、シャトはそんなキーナを不思議そうに見つめた後で首を傾げた。
するとキーナがシャトの方を向き、ふるふるっと身体を震わせたかと思うとぱっと姿を消して次の瞬間シャトの胸元に姿を現した。
「キーナが嫌じゃないなら、たぶん、それでいいの」
今度はそうぽそっと口にしたシャトを見上げたシアンが首を傾げ、『どしたの?』と尋ねたが、シャトは首を横に振って『なんでもありません』と答えると朝食の用意をするために火のそばへと戻っていく。
「まずかったか?」
「何がですか?」
「いや、わかんないけど、何か…」
「気分を害された訳ではなさそうでしたが」
「んー、なんか、そうゆうのとも違うってゆうか…」
シアンがブーツの紐を結ぶのを待ってから、『私にはわかりませんが…』と言いながら歩きだしたカティーナが、
「シアンさんは人のことをよく見ていらっしゃるのですね。普段は深入りしないように気をつけていらっしゃる様ですが」
と振り返るとシアンはあからさまに嫌な顔でカティーナを見上げていた。
「シアンさん?」
「お互い様じゃねぇの?」
「はい?」
「いいよ、もう。ほら、シャト待ってるし」
火にかけた鍋のそばでオーリス達に囲まれ朝食の準備を進めているシャトはイミハーテと言葉を交わしながら、オーリスに促されるように振り返り、"何でしょう?"とゆう顔でぱちぱちと瞬きをする。
「何でもないからいいよ。顔洗って来るからー」
「はい、そろそろ出来ますから、戻られたらすぐに食事にしましょう」
手を挙げて応えたシアンはカティーナをその場に残して結界を越え、歩きながら髪を手で梳き手早くまとめると気が重いといった様子でため息をつく。
そしてまた自分が顔をしかめている事に気づき、ふるふると顔を振って顔を引締めようとしたが、諦めた様に二度目の溜め息をついて『あ”ーぁ』とこえをだしながら大きく肩を回し、首をばきばきと鳴らしてととっとステップを踏む様に小さく跳ねると憂鬱な気分を振り払うかのように走り出した。
薬草を煮出したお茶の香りが漂う中で、シャトが器によそった麦と野草のスープのほかにサラダと干した果実が添えられたパンが乗った皿が並べられ、既におちかけた火を囲む様に座った三人は揃って朝食を取りはじめる。
そんな三人から少し離れた場所で、オーリスとギークはじゃれ合うように手を出し合っていたが、その動きは徐々に激しくなり、いつしか風が逆巻き、石がはじけ飛び、傍から見れば本気で闘っているのではないかと心配になるほどになっている。
しかし風の渦のすぐそばでそれを眺めているイミハーテに怯えた様子はなく、シャトも気にせずに食事を続けていて、カティーナとシアンは二匹のあまりの勢いに気を取られて手が止まっていたことに気がつくと視線は二匹の方へと向けたまま器の中身を黙々と口へ運ぶ。
毛を逆立て空を駆けながら放つオーリスの風の刃はギークの身体の表面、石の鎧のような外殻に傷をつけるが、ギークは怯むことなくオーリスが高度を下げる度周囲の石を力一杯放り投げるのと同時に、どう使えばいいものかと考えているかのように魔力を身体中から放出し、空へ、地面へ、そして投げる石そのものへと向け、徐々に方向や対象を選べるようになっていく。
そうなるにしたがって、始めは飛んで来る石を吹き飛ばすだけだったオーリスにも回避の行動がみえてきた。
一方で時々風を纏って身体ごとぶつかって来るオーリスをやっとのことで避けている様に見えたギークだったが、回数を重ねたことで何か思うところがあったのか、身体を固めるように力を込めて魔力を放出しオーリスを真正面から迎え撃とうと体勢を調える。
しかし周囲に浮き上がった石がオーリス目掛けて飛んだかと思うとすぐにオーリスの纏う風に阻まれ四散し、最終的にはオーリスがギークの足元の地面ごと風と身体の勢いで吹き飛ばしたことで二人の戯れは終わりを迎えた。
二匹の周りの風や石はオーリスが抑えていたのか、地面が大きくえぐれ空に向かって勢いよく吹き飛んでいるにもかかわらず三人の方へと影響を及ぼすことはなく、しばらくして砂煙の向こうから姿を見せた二匹の身体も傷は別にしてほとんど汚れていない。
そのことも驚く対象ではあったようだが、シアンはまだまだ荒いとはいえ短い時間で魔力の使い方を身につけたギークに言葉をなくし、その姿を凝視するように再び食事の手が止まっている。
「やっぱり軟らかいみたい…早く治るように沢山食べて」
シャトは一足先に食事を終えると、オーリスとギークを労る様に撫でながらそう口にし、その声にしばらく何処かへ姿を消していたキーナがぱっと現れた。
ギークの身体はその辺の岩ならば簡単に砕くことが出来る程に硬いが、本気でオーリスが刃を放てば深い傷になるらしい。