夕食
嵐の中で随分長いこと不安を抱えて彷徨っていたらしい魔獣達は落ち着いているように見えたが、シアンや街道沿いで他の生き物のたてる音に敏感に反応し、身体を震わせたり、縮こまったりと時折落ち着かない様子を見せる。
しかし、人間やその他の種族を嫌っている訳でも苦手にしている訳でもないようで、水場や木陰を見つけて休む度に少し離れた場所で二匹で寄り添いながらシアンを眺め、どこか不安げに周囲を見回していた。
「あの子達、なかなか落ち着かないな」
今夜の野営地を決めて林の中に幕を張りながら、シアンは肩越しにシャトに声をかけた。
オーリスの陰で小さくなって居る二匹は、シャトや手当てを手伝ったカティーナが身体に触れることには抵抗はしないが、必要の無いときには近付くこともなく、ただちらちらと三人の様子を窺っているようで、今も、夜が怖いのか、身を寄せ合い色の変わり始めた空を気にしながらシアンの声にぴくっと身体を強張らせたらしい。
「言葉を交わした様子では見て判る以外の影響はそれ程なさそうだと思ったのですが…。もしかしたら嵐の中で感じた不安が続いているだけかもしれませんけれど、気をつけて見るようにします」
「今日も夕食は別?」
「…えぇ、そのつもりです。あの子達の身体の事もありますからそう遠くへは行きませんが、もう少し奥の方へ」
「そっか。気をつけて、何かあったら大声出しなよ?」
「はい」
シアンのその問い掛けはやはりあまり嬉しいものではないらしく、答えに少し時間のかかったシャトだったが、気遣いには笑顔で応え、一通りの用意が済むとリュックを背負い直す。
「オーリスお願い」
またオーリスの背とシャトの腕の中におさまった二匹が不安そうに薄暗い林の奥を見ている事に気付いたシャトはリュックの中から光の魔石を取りだそうとしたようだったが、腕の中の魔獣を気にしているうちに程よく辺りを照らすように調節された魔石が目の前に差し出された。
カティーナは差し出したその魔石を棒のついた籠に入れるとオーリスにくわえるように頼んで『すぐに消えるようなことはありませんから』とだけ言うとシャト達を送り出すように微笑んで小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。お借りします」
「いってらっしゃい」
林の奥へと遠ざかっていく光をしばらく目で追っていたシアンとカティーナだったが、少し掘った地面に置いた魔石を囲むように周囲で集めた木の枝を重ねると火を付け、夕食の準備に取りかかる。
シアンが荷物の中から取り出したのは干した魚の身で、他の野菜や何かと一緒に煮込むつもりらしかった。
一方で、しばらく林の中を歩いたシャト達は周囲に大きな生き物の気配が無いことを確認すると魔獣達を下ろす。
「キーナ、お願い」
リュックの口を開いてシャトが声をかけるのとほぼ同時にリュックの中から次々にありとあらゆるものが溢れだし、魔獣達の周りはすぐにいっぱいになってしまった。
「身体のためにも食べたくなくても食べなきゃだめよ? 食べられそうなものはある?」
シャトの問い掛けに小さく鳴いた二匹はすんすんと匂いを嗅ぎ、干した果実となんでもないただの石を選んだらしかった。
「シアンさんが言っていたけれど、本当に石を食べるのね…」
シャトは必要のなさそうな物をリュックにしまいながらそれぞれが食べられそうな物をそちらへと寄せていく。
「ここに無いものでも、食べたいものがあったら教えてね。傷が治るまでは私が面倒を見るから」
『傷が治ったら…?』
「それはあなたたち次第、本当はね、最後まで一緒にいるつもりがないなら助けてはいけないの。でも、あんなに辛そうな、悲しそうなあなたたちを放っておけなかったから」
魔獣達は静かに顔を見合せると手元に寄せられた果物と石にかじりついた。
それを見たシャトは残りの片付けをキーナに任せると二匹と並んで木の実を口へと運びはじめたが、周囲を警戒しているらしいオーリスが食事らしい食事を取ることはないようだった。