ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

忌避

先程までカティーナやトクラとともに幕の中に居たはずのキーナを抱え、足早に戻ってきたシャトが見たのは靴も履かずに外に出て、ふらつくどころか肩から地面に崩れ落ちるように倒れたカティーナの姿だった。

「カティーナさん!」

腕の中からぱっとキーナが姿を消したかと思うとシャトは駆けだし、倒れたカティーナを助け起こそうと手を伸ばしたが、『触らないでっ!!』と叫ぶようにその手を振り払ったカティーナに目を丸くすると一歩離れて『ごめんなさい…』とかすれた声を出す。

その声にカティーナははっとしたのか、唇を噛み、視線を地面に落とすと、

「いえ、…すみません…」

とまだうまく動かない口で謝った。

幕の入り口がゆっくりと上がると、布越しに口から頬の辺りをさすり、笑っているのか少しだけ目元を歪ませたトクラが姿を見せる。

シャトはそのトクラを見ると、眉を寄せて空に向かってオーリスを呼ぶ。

「カティーナさん、少し距離はありますが、宿を営んでいる知り合いが居ます。宿の方では放っておいてくれますし、人の手が煩わしいなら私も何もしません。ですからとにかく回復するまでは休むことだけ考えてください」

躊躇いながらも頷いたカティーナは風に包まれたかと思うと宙に浮き、オーリスの背中にふわりと下ろされた。

幕の入り口に立ったままのトクラの横を抜け、幕から荷物を取って来たシャトも静かにオーリスの背にあがり『宿までは我慢してください』とカティーナの身体を支える。

「シャト、分かってるだろ?」

トクラの声には応えずオーリスの背にシャトがかるく触れると、オーリスはそれを合図に跳び上がり、勢いよく空を駆けていく。

「シアンさんが心配していました」

「ごめんなさい…。宿に着いたらすぐに迎えに戻ります。部屋さえあれば今日は宿、とゆうことに…」

それ以上の会話を交わすことはなかったが、シャトは途中で『ごめんなさい』とカティーナに小さな声で再び謝った。

シャトに支えられながらオーリスに身体を預けているカティーナに応える余裕はなく、その声はただ空に流れていく。

二人とも平静を装っては居るが、その胸の内ではそれぞれに"澱"のようなものが巻き上がっていた。

 

しばらくして見えてきたのは畑と草原に囲まれた街、カティーナ達と初めて会った日にシャトが荷を運んでいた場所だ。

街の外周に面した宿から少し離れた場所でオーリスは地面に降り、出来るだけ身体を揺らさぬ様に、と、ゆっくりとした足取りで歩く。

「少し待っていて下さい。オーリス、カティーナさんのことお願いね」

シャトは木戸の前でそう言うと一人で宿へと向かっていった。

裏口から声をかけるとすぐに女将が出てきて、事情を説明したらしいシャトの肩越しに外のオーリスを見る。

女将が二階を指差し、何かを言うとシャトは頭を下げて宿の中へと入っていった。

 

オーリスは木戸をくぐると跳びあがり、二階のある部屋の前で宙に浮いたまま座り込んだ。

程なくして廊下へと続く扉が開き、姿を見せたシャトが腰高の大きな窓に駆け寄る。

「オーリスお願い」

窓をいっぱいに開いたシャトの声で再びカティーナの身体は浮き上がり、ゆっくりとベッドに横たえられた。

「水だけは女将さんに持ってきてくれるように頼んであります。カティーナさんの荷物は後で届けに来ますから、ゆっくり休んでください。もう一度眠ってしまうくらいの方が身体は楽だと思いますから…」

そう言うと、シャトは開け放たれたままの窓からオーリスの背へと跳び移り、『また後で』と空へと向かっていく。

その姿はすぐに見えなくなったが、まだうまく身体の動かないカティーナはどこを見るともつかない瞳で、長い間茜色に染まった空をただ見上げていた。