トクラ
「何の策もなく近付いてきた馬鹿だ。放っておけ」
「そんな言い方しないで。知らなかったんだから」
シャトがカティーナの質問に答える前に、傭兵団員らしき人物が吐き捨てるように言い、シャトははっきりと眉をしかめた。
視界がはっきりしてきたカティーナはどうやら自分が幕の中に寝かされているらしいことに気がついた。
木に吊しただけの簡易のものなのだろうがずいぶんと広く、身体の下にも地面の固さを感じずにすむだけの何かが敷かれている。
「すみません。そこに立っている…トクラといいます。頭領のお孫さんなんですが…パートナーが周囲に身体が麻痺する毒を撒くんです。獣遣い、特に傭兵団に属する者は毒を持つ者をパートナーにしていることが多いんです。知っている方はあの姿の人間にはまず近付きません。気づいてすぐにオーリスが風で吹き飛ばしてはくれましたが、本当なら服も全部脱いで、身体も流した方が…。とりあえず麻痺消しの薬だけは口の中に入れさせていただいたのですが身体どうですか…?」
カティーナは言われて初めて口の中の苦さを意識した。
改めて身体を動かそうとするが、感覚が鈍く、すぐに動けそうにはない。
微かに動く首を横に振ったカティーナを見て、シャトは眉を下げた。
「思ったより深く吸ってしまったみたいですね…少しこのまま休んで行きましょう。口の中苦いでしょうし、水を飲めそうなら出来るだけ飲んだ方がいいのですが、飲んでみますか?」
小さく頷いたカティーナに、シャトは『身体、起こしますね』と近付き、抱きかかえるようにしてその身体を起こすと背中を支えて、用意してあったカップを口元へと運ぶ。
『ちっ』とトクラの舌打ちが聞こえてきたが、シャトに気にする様子はなく、カティーナはシャトの動きに合わせて口を開いた。
「むせるといけないですから、無理せず、ゆっくり…」
カティーナの喉が動いたのを見て『大丈夫そうですね』とシャトは何度かに分けてカップを傾ける。
「トクラ、落ち着いたら身体を拭けるようにお水汲んできてくれる?」
あからさまに嫌な顔をしたトクラは幕越しに木に身体を預けたまま腕を組み、ふん、とそっぽを向く。
「もう少し、休んでいて下さい」
シャトはカティーナの身体をゆっくりと横にすると、『お水汲んできますね』と言い、トクラには『カティーナさんのことお願いね』とじっと瞳を覗き込む。
返事をしないトクラに困ったような顔をしたシャトは、リュックからキーナを呼ぶとカティーナの横に居るようにと言い残して幕を出た。
カティーナの方は何が出来る訳でもなく、ただ横になって居るだけだったが、トクラはその姿に向けた顔をしかめ、『あんた何なんだ?』と問い掛けるとカティーナの横まで来てその顔を見下ろす。
キーナはそんなトクラの脚にもぞもぞと近付くとカティーナから離れろとゆうことなのかずんと強く押した。
「キーナ、リュックに戻ってろ」
トクラに抱えられたはずのキーナだったが、次の瞬間に姿が消え、トクラは再び舌打ちをした。
「シャトはうち(傭兵団)に貰うつもりだったんだ。家を離れるつもりは無いとゆうから引き下がったが、何で出会ったばかりのお前等と一緒に居る?」
トクラはそこまで言うと何のつもりかカティーナを跨ぐように仁王立ちになり、汚いものでも見るような目をする。
「シャトは言わなかったが、服を脱がせようとしたら意識なんか無いはずなのに抵抗したんだよな…。その服の下、何か隠してるのか?」
カティーナはローブへと伸びるトクラの手を避けようと動かない身体をよじるが、その抵抗は時間稼ぎにすらならなかった。