ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

行き違い

三人が幕を張っていた場所からこの街までは結構の距離があるが、オーリスが空を駆ける速さを考えると、話した時間に幕を片付ける時間を足してもカティーナが眠ってからそんなに経っていないだろう。

すでに空は暗く、部屋の中もかなり絞られた明かりが薄く照らしているだけで、シャトが小さくノックをして扉を開けたことで一筋の明かりがはっきりと床を照らした。

できる限り音を立てないようにカティーナの荷物や剣を入り口からすぐの場所に置き、そのまま部屋を離れようとしたシャトは名前を呼ばれて振り返る。

ティーナが寝返りをうつようにして廊下側を向き、そばの魔石に手を伸ばそうとしていた。

「やります」

シャトが静かに近付き、魔石の光量をあげるとカティーナは申し訳なさそうに寝たままでこくんと首を動かした。

「身体どうですか?」

「さっきよりはずいぶんいいです」

「…拭きたい時に身体を拭けるように水と魔石をお持ちします。他に何か必要なものは…?」

首を横に振ったカティーナは『すみません』と言い、シャトは小さく頭を下げて廊下に出る。

部屋に運び込んだ大きな桶に、何度かに分けて水を溜めたシャトは、

「出来れば髪も濯いでください。明日になればシャワーも浴びられるとは思いますが、流せるなら流してしまった方がいいです」

とどんな使い方をしてもいいように大小いくつもの桶と魔石を置き、シアンとシャトも並びの部屋に泊まることになったことを伝えながらカティーナの荷物をベッドのそばまで運ぶと、すぐにその部屋をあとにした。

ベッドから足を下ろしてゆっくりと身体を起こしたカティーナはそばにあった水差しに手を伸ばし、少しこぼしながらもカップに注ぐと喉を潤す。

 「髪、ですか…」

大きなタオルを借りられるだろうか、とカティーナは自分の身体がどれくらい動くのか確かめながら立ち上がり、壁に手をつき身体を支えるようにして部屋の中を歩く。

シャトが言うよりも麻痺は早く抜けているのか、支えがあれば歩けるようだ、とカティーナは壁に身体を預けながら、靴も履かずによろよろと廊下に出た。

シャトもシアンも部屋には居なかったものの、階段は見えるところにあり迷うことなくそこまで歩く。

ただ階段を下りるにも時間がかかり、カティーナは途中で立ち止まるとふぅと息を吐いた。

休むにしてもその場でしゃがみ込む訳にもいかない、と手摺りを頼りに息を整えながら、一度下りて再びのぼれる保障がある訳でもなく、このまま下りてもいいものか、それとも部屋に戻るべきかと思案した。

「兄さんシャトちゃんの連れだよね?」

階段に立つカティーナを下から見上げたのは宿の主人で、手には大きなお盆と空の皿がたくさん乗っているが、その目が"どうかしたのか"と聞いている。

「大きなタオルをお借りすることは出来るでしょうか?」

「ああ、構わないよ。タオルは風呂場の棚の中なんだが、食事時で手が離せなくてね、今は誰も使っていないだろうから勝手に持って行ってくれるかい? 二つ向こうの赤いドアだから」

『はぁ』とカティーナが張りの無い返事をすると、主人はそのまま厨房へと帰っていく。

辺りに女将の姿はなく、カティーナはここまで来たなら、とそのまま手すりに体重を預けながら階段を下りきった。

赤いドアはすぐにわかり、カティーナが中に入ると奥からは掃除でもしているのか水音が聞こえたが、特に気にすることもなく壁伝いに一番手前の棚のまわしを開ける。

しかし中にあったのはシーツや何かの類と思われる布と重なった沢山の籠だけで、下の引き出しを開ける為にしゃがむのもおっくうで次の棚に移っていく。

次に開けた棚の中身もタオルではなく、カティーナは人がいるなら尋ねようか、と水音に向かって声をかけた。

「すみません」

しかし返事はなく、再び壁伝いに奥へ向かってもう一度声をかけた。

「すみません」

水音に変化はなく返事も聞こえない、首を傾げたカティーナは奥を覗き込もうとしてそばのついたてに手をかけた拍子についたてごと倒れこみ、その勢いでおきた部屋中に反響するような、妙にお耳につく音の中で衝撃に息を詰めた。