ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 42

店を抜けた先、階段のある通路を挟んで向かい側の部屋の扉は壊れているのか、それともわざと外してあるのか、壁に埋め込まれた木枠と上部の飾りだけを残した状態で、奥のキッチンやダイニングにあたるのだろう部屋が見通せる。

階段を上がるアロースに続きながら横目で見たその部屋は、棚に見える物の多さの割には全体として、生活感が微かに滲む程度にすっきりと整えられているように見えたのだが、カティーナは不快感を覚えるのとは別に何か、その部屋の違和感のようなものに足を止めた。

「ごめんなさいねぇ、ワタシ食べたり飲んだりしないから、そっちには入らないのよ。たぶん暗いし、もしかしたら埃…んー積もるほどの埃は無いわね、きっと…」

ティーナに向かって話している途中から、自分の中で納得するかのように声が小さくなったアロースは『とりあえず二階にどぉぞ』と続け、そのまま二階へと上がっていく。

「その部屋だけ、少し暗くみえるみたいですね…」

ティーナの視線を追うように部屋の中を見つめたシャトはそう言って、窓や魔石のような光源が見えないにもかかわらず暗さを感じない通路から、自分の足元へと視線を移すと静かにアロースの後を追う。

窓も光源もなければ暗くて当たり前で、条件は同じであるにもかかわらず暗さを感じさせない店や通路の方が特別なはずなのだが、カティーナは"この世界にはそうゆうものもあるのだろう"と暗い部屋の方ばかりを気にしているらしかった。

 

階段の先には魔石や何かの魔術式を書き留めたのだろうメモがそこかしこに見え、細かな道具が散らばった大きな机に壁一面の本棚、薬草や鉱石などをしまっているらしいこれもまた壁一面に並んだ引き出しなど、魔術師の工房のような部屋が広がっている。

机の上や本棚の一部に見受けられる乱雑さを除けば、埃一つないこの部屋もキッチンと同じように片付いていて、二人…もしくはそれ以上の人間が一つの部屋の中で生活をしているようなそんな印象をうけるのだが、それにしては椅子が一つしかなかったり、作業の為に取られた空間が明らかに一人分だけだったりと、複数が同じ時間を同じ場所で過ごすように作られた部屋ではなさそうにも見えた。

 

「ごめんなさいねぇ。落ち着かないでしょうけれど、ベッドでも何でも好きに座ってくれる?」

工房を抜けた奥の部屋へと二人を通したアロースは閉ざされていた窓を開き、その窓辺の椅子へと腰を下ろすと、ゆったりと外を眺めながら、すぐそばに置かれた何か糸のような物をぴんと張った台へと手を伸ばす。

後から建て増しされたらしいその部屋にはアロースが手を伸ばした台のほか、天蓋のついた大きなベッドと、その天蓋と色味を合わせたのか、天井から床まで長く垂らされた飾り布以外に物はなく、カティーナとシャトはベッドの横に並んでアロースの横顔を見つめていた。