ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

眠る場所

結局代金のやりとりは客をあしらいなれている女将の勝ち…つまりはシアンが安く食事にありついた形になったのだが、女将はそれを何でもないことのように、余計な気遣いをさせない態度でさらっとやってのけた。

「あ、美味しい」

主人の料理はお世辞ではなく味がいいらしく、一口食べてシアンはそう口にした。

「そういってくれて嬉しいわ。ゆっくり食べてってね」

厨房の方へと戻りかけた女将か足を止めて振り返り『明日買い物は?』と尋ねると、シアンはカティーナを見て"特別何もないよな"と目で聞くと『特に予定はありません』と答えた。

「そう、なら朝食は少しゆっくりでお願い出来るかしら? 早い時間、明日は混むから…」

「はぁ…わかりました」

「ごめんなさいね。じゃあごゆっくり」

料理を口に運びながら、シアンはなかなか無くならないカティーナの前の皿に視線を送る。

「食べないのか?」

「食べてます」

二人はその場でシャトの事を口にすることは無かったが、肉も魚も使われていないとゆうカティーナの料理と揚げた魚の乗ったシアンの料理を見比べているようだった。

「お先に失礼します」

「おう。また明日」

一足先に食事を終えたカティーナを見送ると、シアンは誰も居なくなった食堂でふぅと息を吐き、箸でつまんだ魚の身をしばらく眺めていた。

 

夜中になって、部屋の外に干したローブが自然の風で煽らればさばさと音を立てた。

ティーナはカーテンを開くと外の様子を確かめようと窓の外に視線を走らせたが、その流れで覗いた庭のすみにうずくまるオーリスのそばに、丸まって眠るシャトの姿を見た。

もうどこの部屋にも漏れ出す程の明かりはなく、寝苦しいほどの暑さもないために窓もすべて閉まっていて他にその姿に気がついている者は居ないだろう。

ティーナからは見えていないが、夢でも見ているのかシャトの頬は涙で濡れていて、オーリスはシャトがいつ目を覚ましてもいいように眠ることなく見守っている。

そのうちに窓越しに自分達を見下ろしているカティーナに気付いたのか、そちらを見上げるように首を伸ばしてじっと見つめ、何かを言いたげに一度鼻先をシャトに向けたあとでカティーナの部屋の窓に向けて風を吹かせかたかたと音を鳴らす。

ティーナはオーリスが何を伝えたいのかは全くわからなかったが、音を立てた窓に手を当て小さくお辞儀をすると窓から離れ、ベッドから見える夜空を見上げた。

眠る訳でもなく、ただ空を見上げていたカティーナは、ふと身体を起こして目に入った鏡に苦い顔をするとトクラの目とともにシャトが隠そうとした火傷を思い出す。

唇を噛み大きく息を吐いたカティーナは、どうにも落ち着かないらしく、部屋を出ると静かに一階に下りて行く。

階段も食堂も薄明かりがついてはいるものの人影は無く、浴室とは反対側の廊下から微かに話し声が聞こえるだけで静かだ。

しばらく表の道に面した窓から月明かりの照らす外を眺めていたカティーナだったが、厨房の横に据えられた瓶から汲んだ水を氷が張るほどに冷やして一気にあおる。

そして一瞬だけ庭へと続く扉へと視線を向け、そのあとでしばらく空になったカップを覗き込むように俯いていた。

けれど、結局それ以上何をするでもなく、カップを厨房との境になっているカウンターに乗せるとそのまま部屋に戻っていく。

部屋の扉に鍵もかけず、窓に背を向けるようにベッドに倒れ込んだカティーナは、視線の先におかれたままになっている桶を見るでもなく、朝が近づくまで何かを考えている様な瞳でただただ横になっていた。