ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

食事

「あの…」

「動けるようになったみたいですね…安心しました」

ティーナの言葉を遮るつもりがあったのかはわからないが、シャトはそう言い、手を止める事なく食事を続けている。

「…ご迷惑をおかけしました」

「いえ…こちらこそ、ごめんなさい」

「…ローブも洗った方がいいのでしょうか」

「出来れば。この季節なら朝までには乾くでしょうし、気になるようなら外に出していただければオーリスが…。水は庭の井戸か浴室で使えます。…ご迷惑でなければ私が洗いますが」

「いえ、それくらいは自分で」

「そうですか…無理はなさらないでくださいね」

会話が途切れているうちにシャトは食事を終え、そのまま席を立つ。

食器を下げて主人達と言葉を交わしたあとで、一度カティーナの元に戻り『部屋にいます、何かあれば』と小さなお辞儀を残して二階へと向かって行った。

ティーナは見送ろうとしたその姿に、水飛沫の中で見た背中の火傷を重ねたらしく顔を伏せながら、悲しいのか、辛いのか、僅かに眉をしかめ、器の上に止まったままだったスプーンを口に運ぶ。

そして"自分はさっき何を言おうとしたのだろう"と考えているようだった。

 「カティーナ?」

再び手を止めていたカティーナに怪訝な顔で声をかけたのは荷物を肩に担いだシアンで、カティーナが顔をあげるとシャトが座っていた椅子に座りながら、隣の椅子にとん、と荷物を下ろし『シャトは一緒じゃないの?』と尋ねた。

「先程までいらっしゃいました。部屋に戻ると」

「何だ、一緒に飯食ってたならもう少し早く戻るんだったな」

「一緒にとゆう訳では…」

ティーナの答えに首をひねりながら眉を寄せたシアンだったが、厨房に女将の姿を見つけると、ととっとカウンターに駆け寄り声をかける。

「すみません、あれと同じものお願い出来ますか?」

「あらお帰りなさい。あれ、って…あーごめんねあれはシャトちゃん用に作っただけだからもうないのよ。他の物なら出来るけどどうする?」

「…シャト用…?」

「あの子肉も魚も食べないでしょ? お客さんでわざわざそうゆうものを選ぶ人って少ないから普段はやってないの。シャトちゃんが来た時に少し作るだけ。でも二人ともそうゆうものの方がいいなら明日の朝は多めに用意しておくから」

「あ、はい、お願いします…」

その必要はないのだけれど、成り行きでそう答えたシアンは、シャトの家やガーダやアルナが用意してくれていた食事の中身を思い出しながら半分上の空で『一番安い物を』と頼むとカティーナの前の椅子へと戻り、頬杖をつくとその指先で頬をとんとんと叩く。

「シアンさん?」

「北でウラルなんかに肉や魚の話をしたら変な態度だったことがあったんだけど、肉とか魚食べないって何で教えてくれなかったんだろう…」

「珍しい事なのですか?」

「何が?」

「肉や魚を食べないとゆうのは」

「どうだろ、少なくとも私の知り合いの中には居なかったと思うけど…。私が気になるのはその事より何でそれを言わなかったのかって事だよ。思い出してみたらシャトが一緒に飯食った時ってそうゆうものが無かったんじゃないかと思って…」

女将が食事を運んで来ると、シアンは"何を頼んだんだったか…"と壁にかかげられたメニューを見上げてポケットから取り出した袋からじゃらじゃらと硬貨をつかみ出す。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

シアンはお盆の上に並んだ料理と壁メニューを見比べて硬貨を渡そうとしたが、女将がそのうちの一枚をシアンの手に戻したことで一度シャトの事から頭が離れ、『いいのよ』とか『悪いです』などとやり取りをはじめた。

ティーナはずいぶんと冷めてしまった料理を口に運びながら、天井越しにシャトがいるであろう二階を見上げ、ゆっくりと料理を味わっていたようだったが、何故か少し悲しそうな顔で口の中の料理を飲み込んだ。