ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

宿

「大丈夫なの?」

辺りを探し回った後で野営地に戻ってシャトとカティーナを待っていたシアンは、戻ったシャトから事情を聞くと、手早く幕を片付けながらそう尋ねた。

「毒自体は抜けないものではありませんし、意識は戻りましたからそれほど心配は無いかと。ただ、その知り合いが何かしたらしくて…」

「ふーん。とりあえず身体の方が大丈夫なら、そのうち落ち着くでしょ…。何かしてほしければ多分言うし、そっとしとく方向で。ほい、カティーナの。剣とか何かは持ってたんだよな?」

「はい、キーナの中に預かっています」

「んじゃあとは私の幕外せばいいんだな」

「すみません。今日の宿代は私が払いますから」

「ん? 高いならちょっと考えたいところだけど普通の宿なんでしょ? 自分で出すよ。食事とかシャトの関係でかなり食べさせて貰ってるしさ」

シアンは外した幕をくるくると丸め、荷物の中に突っ込むと『よし』とその荷物を肩に担いでシャトより先にオーリスの方へと向かっていく。

頭を撫でながら『よろしくな』と声をかけて背によじ登ると、シアンはシャトを促すように自分の後ろ、オーリスの背の空いている場所をとんとんと叩いた。

 

「この近く通った覚えはあるけど、中に入るのは初めてだな…」

シアンは街の外でオーリスから下りると宿屋の裏木戸ではなく街の中を十字に走る大きな通りへと向かおうとする。

「シアンさん、宿はすぐそこなので一度そっちに」

「ん、ああ。分かった」

大通り沿いにはいくつも商店があり、市がたっている訳ではないが街は割と賑わっていて、シアンは街の様子を見に行くつもりだったらしい。

食事時で賑わう宿の勝手口から姿を見せた女将はシアンに向かって笑いかけると、二人に向かって手招きをする。

「シャトちゃんお帰りなさい。上の彼、眠ったみたいよ?」

「そうですか、よかった…」

「上ちょうど並びで空いてるから、遠慮せずに使ってね」

シアンはその言葉を聞いて慌てて手を振った。

大抵どこの宿でも、四人から多いところでは十人と人数の差はあれど、大部屋を他の客も含めて複数で使えば安いが、個室を借りれば三~五倍の額になる。

女将が並びで空いていると言ったことで、シアンは用意されているのが個室であることに気がついたらしかった。

「一人部屋に泊まれる程の余裕はないです」

「あら、大部屋と同じで良いわよ。どうせ空いてるんだから、泊まってくれた分儲かるわ」

女将は二人を共なって厨房を抜け、階段を示しながら『食事もここで食べてくれればなお良いわ』と笑い、シャトから硬貨を受けとる代わりに二部屋分の鍵を渡す。

「ごゆっくり」

女将が厨房へと戻るとシアンは壁にかかった宿と食堂の価格表を見上げ、

「ほんとに大部屋分でいいの?」

と尋ねる。

「たぶん大部屋に泊まると言ったらお金受け取ってくれないので、それよりは…」

困ったような笑顔のシャトにつられてふっと笑ったシアンはシャトに大部屋分の硬貨を渡すと、部屋の場所だけを尋ね、荷物を担いだまま街へと出かけていった。

「シャトちゃん、今なら誰も使ってないから、汗流しちゃうといいわ。お湯の分はサービスしちゃう」

食事を運びながら女将はウインクして見せ、シャトは『ありがとうございます』とカティーナの荷物を届けに二階へと上がっていった。