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カティーナが一階に下りたときにはまだ食堂は混んでいて、シアンと二人、庭の日陰に座り、冷えた水が入ったカップを片手に街の賑わいに耳を傾けていた。
「市が立つ日なんだってさ。シャトに聞いたら覗いてきてもいいって」
「シャトさんはどちらへ?」
「オーリスの食事があるからって出かけた。朝飯は二人で食べてくれってさ」
「オーリスさんは普段何を召し上がるのでしょう…昨日は庭の方で野菜か何かを召し上がっていたようでしたが」
「傭兵団の陣で世話になった時私も気になったんだけど、あんまり食べてるとこ見てないよな。果物とかなんかは食べてたけどあれは食事か?」
そんな話をしているうちに女将から席が空いたと声がかかり、二人は厨房の横の通路を通って中に入っていく。
「シャトちゃん出かけちゃったのね。お二人は何になさいます?」
女将はそう尋ねてくれたが、二人は昨日の事を忘れてはおらず、シャト用に用意しているとゆう料理を頼むと空いていた席に座り、食堂の中や開け放たれた扉の外の通りを行き交ういろんな種族の姿を眺めていた。
市の始まりを告げる花火の音が響くと徐々に街の大通りへと人の波が動き、街外れの宿周辺からは賑わいが少しだけ遠ざかったようだった。
「シャトいつ戻るのかわからないけど、カティーナも市見に行くか?」
「いえ、私は今必要な物も思いつきませんし、こちらで待っています」
「そか」
野菜の煮込みに豆と薬草のサラダ、少し固いパンのようなものにミルクとシャト用に用意されていたメニューを食べ終えると二人は連れだって二階へと上がったが、カティーナはそのまま部屋に戻り、シアンは荷物を持つと街へと出かけて行く。
女将はその背に『いってらっしゃい』と親しみのこもった声をかけ、いつ起き出して来たのか、気がついたときには厨房のまわりをうろついていた子供達に弁当の様な物を持たせて街の外へと送り出した。
シャトとオーリスは近くの森の中でキーナとともに特に何をする訳でもなく、木陰にただ腰を下ろし、時々吹く風に身体を包む美しい毛並みや少しはねたような髪をなびかせていた。
『シャトちゃーん! オーリスー!』少しはなれた場所から子供の声が聞こえると、オーリスはシャトを残して駆けだし、すぐにその背に三人の子供を乗せて戻って来る。
「シャトちゃん、おかーさんが一緒に食べておいでって」
「オーリスのもあるよ」
子供達は地面の上に直接それぞれが持っていた大きな包みを広げる。
一つはオーリス用の野菜や果物で、もう一つにはカティーナ達が食べていたのと同じ料理が、最後の一つには飲み物と食器がまとめられていた。
「皆のお母さんに迷惑かけちゃったね…」
「おかーさん用意するの楽しそうだったよ?」
「おかーさんも来たかったって」
「そっか」
シャトは下の二人の子供達の面倒をみているが、子供達は子供達でシアンやカティーナが同じものを食べていたこと、シアンは市を見に行き、カティーナは部屋で待っていること等を口々に教える。
「おとーさんの料理美味しいって食べてくれるからあのおねーさん好き」
にこっと笑った一番下の子につられた用に笑顔を見せたシャトは、片付けが済むと子供達と連れだって、柔らかな声で歌を歌いながら街へと戻っていった。