困りもの
グドラマ達のいる陣の一角、シャト達が訪ねた時には無かった幕の中で一組の男女が唇を重ねていた。
ベッドの上、一糸纏わぬ姿の二人、唇を離すと女が愛おしそうに男の頬に手を当てるようにして指先で唇を拭う。
その手に手を重ねた男は淡い赤色に頬を染めたまま荷物を引き寄せて探り、飾り気の無い櫛を取り出すと女の背に周ってその髪を丁寧に梳いていく。
「シャトさんにお会いになったんですね…」
「判るのか?」
「シャトさんに会った後のトクラは、その…いつもより…」
「いつもより…?」
激しいから、と感じたままを答えることをためらったのか、
「…戻ってすぐ、朝から引っ張り込まれるとは思いませんでした。夜出ていたときは寝てもいないですし、疲れてるんですよ?」
とはぐらかし、少し拗ねたような顔をする相手にトクラはふっと優しげな笑みをこぼし、胸元に相手の頭を抱き寄せる。
「シャトは特別なんだ、特に私や母にとっては抗えない物がある。知っているだろう…? そんな顔をするな、共にする相手はお前だと決めたのは私、何があってもそれは変わらない。…そんな顔をされるとお前に見限られるんじゃないかと私でも少しは不安になるんだ」
「そのくらいの方がいいです」
お互いに相手の顔を探るように見つめ合った二人だったが、どちらもすぐに柔らかな笑みを浮かべ、ベッドに重なるように倒れ込んで行った。
「まったく、どこから漏れたのか…シャトに謝らなければならないね。あの様子じゃあ何かしでかして来たんだろう。困った子だよ」
「頭領、トクラはいつまでこっちに?」
グドラマの幕の中には陣の中では年かさの数人が集まっていたが、仕事の話が一通り済むと自然に話がシャトやトクラへと向いた。
「一応仕事は済ませて来たようだが、次もある、すぐに戻るだろう。シャトと会うとしばらくは落ち着かないから本当ならすぐに次を任せたくはないのだけど、子等をみさせる訳にもいかないからね」
「確かに、今の子等は伸びそうな者がちらほら見受けられますから…シャトやククンと同じつもりで近付かれては困りますね…」
「とりあえず一度村に帰しては?」
「シャトが動いているうちは何度となく同じ事になるだろうからね、いちいち村に戻す訳にも行かないだろう…。知らないままが一番だったんだがね、いまさら言っても仕方ない。何か考えるよ」
「"お二人"のようにはいかないのでしょうか…」
グドラマをはじめ、その場にいる全員が僅かに眉をしかめると、それを口にした男は申し訳なさそうに頭を下げ、全員が順番に視線を交わす。
「とにかく、今日もまた危険のないよう務めておくれ。さぁ、そろそろ出かけるよ」
グドラマはそう言って立ち上がると背にしていた魚の泳ぐ鉢に手を差し入れ、何かに耳を傾けるような顔をする。
集まっていた皆はグドラマに声をかけることなく頭を下げると次々に幕を後にし、グドラマ一人だけが幕の中に残された。
「困ったものだね」
水から上げた手を拭ったグドラマは再び眉を寄せるとそう呟き、皆と同じように顔を隠すように服を引き上げ、頭巾を手にすると気を取り直すように首を振り、足早に幕を後にした。