二人の夕食
夕食をとる客が疎らになった頃なって、厨房から一番近いテーブルを前にシャトは一人静かに座っていた。
開け放たれた厨房の扉の外では女将から貰ったのかオーリスが野菜や果物を食べながら、時々中を覗いては料理をする主人や何かに向かって愛嬌を振り撒くように鼻を鳴らしている。
「シャトちゃんお待たせ、どうぞ」
「ありがとうございます。いつも面倒なことをお願いしてごめんなさい」
「いいのよ、むしろもっと手間かけてあげられればいいんだけどねぇ…味薄かったら塩でも何でも好きに使ってね」
「ご主人の料理はいつも美味しいです」
「ふふっ、あなた聞いたぁ?」
「聞こえてるよ! 嬉しいから果物つけちゃう。ほら、出してあげて」
困ったように笑うシャトが目の前に並んだ皿と厨房の主人を等分に見て『いただきます』と言うと、果物の乗った皿を持ってきた女将がその向かいに腰掛けて『召し上がれ』と頬杖をつきながらシャトを見て笑う。
その笑顔はどこかでシャトを心配しているようにも見えるが、それについては気を遣っての事か女将は口にする気はないらしい。
「泊まっていくのは久しぶりね」
「普段はオーリスと二人ですから…」
「そぉねえ…うん、珍しいわよね。ひとつ貰ってもいい?」
女将は二階のカティーナの部屋の辺りを見上げたが、すぐに果物の乗った皿に視線を落とし、シャトがこくんと頷くとその中の一切れを弄ぶように口に運ぶ。
しゃくしゃくと小気味いい音が聞こえて来る中で、シャトは小さなボールに彩りよく盛られたサラダに手を伸ばし、女将はその姿を眺めている。
「シャトちゃんの食べ方は綺麗よね…」
そんな風に口にする女将と他愛のない事を話ながらシャトは食事を続け、半分程まで食べ進めた頃、主人が女将と二人分と持ってきてくれた冷たいお茶を手にふと視線をあげると階段の途中にタオルを抱えたカティーナの姿が見えた。
解いたまま前へと流された髪はまだ乾ききっていないらしく、シャツの肩はその水気を吸ったのか少しだけ色が変わっている。
「どうなさいました?」
シャトの視線を追った女将は立ち上がって尋ね、カティーナはゆっくりと、しかしずいぶんしっかりとしてきた足取りで階段を下り、女将に手にしていたタオルを差し出す。
「ご主人にお聞きしてタオルをお借りしたのですが…」
「あら、ご丁寧に。お部屋の方に置いておいていただいてよろしかったんですよ」
「いえ、あと桶はどちらにお返ししたらいいのかと」
「邪魔にならないようでしたらそのまま置いておいていただいて構いませんが」
「そうですか…」
カティーナは少し悩んだようだったが、『夕食はまだ食べられるでしょうか?』と尋ね、大丈夫だとわかると一瞬シャトの方を見て同じものを頼んだ。
小さなボールに彩りよく盛られたサラダと野菜と麦をミルクで煮たスープのようなお粥のような料理は、好意でついた果物まで含めてすぐに用意されたが、カティーナはどこに座るべきかと立ったままでいる。
「よければ」
とシャトは座ったままテーブルの向かいを示してカティーナを見上げたが、目が合うと反射的に視線を伏せ、手にしていたお茶に口をつけた。
「失礼します」
カティーナは正面からずれた椅子に腰を下ろして女将から料理を受け取り、静かにその料理を口に運びはじめる。
しかし、二、三口食べたところで手を止め、顔をあげながらシャトの方へと視線を向けると、躊躇いつつ口を開いた。