ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 12

「ぅふふ♪ お帰りなさいシアン」

「近寄るなよ! …荷物、あの額は払えないが出来れば買い戻したい。交渉に応じる気は…ないとは言わないよな?」

シアンが扉を開くなりつつっと近付き抱きしめようとする女から飛びすさったシアンは、顔を引き攣らせながらやや強い語調でそう言い、『持ち主だ!』とぐいっと前に出したカティーナの後ろに半分隠れる。

普段と明らかに様子の違うシアンに戸惑い、後ろを気にしながら女にお辞儀をしたカティーナだったが、それとは別に女に対して何か感じているのか妙な顔をしている。

「いらっしゃいませ。中へどうぞ。シアン、交渉を持ちかける側のた・い・ど忘れてなぁい?」

女の方はカティーナとシアン、そしてさらにその後ろに立つシャトを順に見て愉しげに唇の端を持ち上げ、優雅な動きで中に招き入れるようとするが、シアンに対しては声をかけながらその首筋を尖った爪の先で撫で『ねぇ♥』と怪しく光る目を細めた。

「ふざけんな! どうせ自分が満足することしか考えてないだろっ! 私は妙なものには乗らないからな!!」

「やだぁ~♥ 誤解を招く言い方はダメよ~、妙なものなんて。ねぇ?」

調った室内の言いようのない不快感、カティーナはそのことにも落ち着かないらしかったが、やはり女を気にしている。

目の前の出来事を不思議そうに眺めてはいるが、この店の中にあってもシャトだけは普段と様子が変わらない。

「ワタシはアロース。よろしくね」

三人を店の真ん中に設えたテーブルへと通した女はそう言って目を細め、その細められた目の奥で改めてカティーナとシャトを観察しているようだった。

「こちらのお嬢さんは獣遣いさんかしら? こちらはたぶんこの世界の方じゃないわねぇ…。いいわぁ、シアンは珍しいモノを引き付ける才能があるのねぇ♪」

「…何故解るんですか?」

「匂いと、あとは、け・い・け・ん♥」

「そんなことより、荷物だ荷物!」

シャトが口を開きかけたが、シアンは気付かずに遮り、アロースから目をそらして鼻の横をぴくぴくさせながら眉間にしわを寄せて舌打ちをする。

「いらいらしてると可愛い顔が台無しよ?」

アロースは業とシアンがいらいらするような言動を選んでいるのか、『ぅふふふ♪』と笑うとシアンの頬に片方の手を伸ばして触れようとし、その手がシアンに叩き払われると再び『ぅふふ♪』と口の端を持ち上げた。

そして長い髪を足の上に流すようにして椅子に腰掛けると、首を傾げるようにしながらカティーナを見つめて口を開く。

「貴方の荷物には珍しい物が多かったから相応の価格で買い取ったし、売値もそれに見合うようにつけているつもりよ? ただ、あれは街のどこかで奪われた物でしょうから、その本人にその価格で買い取れとゆうのは酷だとも思うわ。そうねぇ、シアンがまたここで働いてくれるならそのまま待って帰って貰ってもいいけれど、そうはいかないのでしょう?」

「…当たり前だろ…」

「かなりの好条件だと思うけど~? ふふっ、残念♥ 獣遣いのお嬢さんと交渉したいところだけど、たぶん無理よね?」

シャトは一切反応を見せなかったが、その顔を見たアロースは何故か満足げに、それまでとは違う穏やかな笑みを浮かべ、自分の頬にかかった髪を耳にかけようと顔に手を寄せる。

「あとはぁ…そうねぇ、その髪、貴方の長い髪を肩辺りからばっさり切って、私にくれるなら…七割…いえ、九割引いてもいいわ」

「私の髪ですか…? 私の髪にそんなに価値があるとは思えないのですが…」

「えぇ、ないでしょうね。でも、それは世間でのこと。私にとってはそれくらいの値をつけてもいい物だわ」

ティーナはシアンの顔を窺い、シアンはその視線に"別に問題ない"とゆうように顎を動かして答えを返すように促す。

「私の髪でよければ」

「嬉しいわ。ただ一つ、取り置きはしないわよ? もし元々の額で買い手が現れた時には…」

シアンを挑発する様に笑って見せたアロースは、シアンが頬杖をついて『はっ…』と呆れたように声を発したのを合図に『用意をするわ』と店の奥へと向かっていく。

その姿が見えなくなるのを待って口を開いたシアンは

「九割引でもまだ足んないけどな。…仕事選んでられないぞ?」

とカティーナの顔を見る。

「私に出来ることなら何でもやります」

答えたカティーナは髪の先を留めていた紐を外し、ぱさっと音を立てて髪を下ろす。

「あの…アロースさん、は、何でも買って下さるんですか?」

「ん? あの人にとって価値があれば、だな」

「目利きは確かだと…?」

「まぁ、うん。それだけは」

「なら…」

シャトはリュックを下ろすと中から、ずいぶんと長さがあるのだろう、円柱状の木を芯にして巻かれた真っ赤な布を取りだし、『これ、いくらになるか尋ねてみても?』とテーブルの上にとすん、と置くと手慣れた動作で広げ、その布の先をシアンに差し出した。