ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 13

「不思議な手触りだな…この赤って何で染めてあるの?」

シアンは差し出された布先に触れ、極々細い糸で織られた柔らかでさらっとしたその肌触りを確かめながらシャトに尋ねるが、シャトは首を横に振る。

「染めていません。この糸は初めからこの色なんです。…こちらの方ではお店に並んだりはしないですか?」

「見たことないと思う…シャトの家の方ではこの布高く売れるの?」

「いいえ、あの辺りではみんな家で織るので…。ただ、北の方…マチルダさん達の街の方ではこの一巻きで…」

「一月分の稼ぎがとぶわね♪」

鋭いナイフと紐と櫛に柔らかそうな布を一枚…それらを手に音もなく戻ってきたアロースはシアンの手から布先をすくい取り、その感触を愉しむように指の間に滑らせる。

「一月分!?」

「あくまで北、何て言ったかしらあの国の名前…あの辺りでの話よ? この街では十分の一にもならないわ。品質は最高級なのに…」

「十分の一以下…」

「この布はぁ、魔力で接ぐことが出来ないの♥ それだけのことで流通しないんだから不思議よねぇ…。髪、触ってもいいかしら?」

"よろしくお願いします"とゆうお辞儀なのか、それとも単に頷いたのか、判りにくくはあったがその動きに合わせて揺れる髪をアロースは優しく抱え上げると手にした櫛で梳いていく。

ティーナの髪は三つ編みでついた緩やかな曲線が残ってはいるものの、抵抗無くさらさらと櫛を抜け、アロースの手からこぼれ落ちる。

「綺麗な髪ねぇ…。肩辺りからとは言ったけど、長さが欲しい訳ではないのよ、長ければより嬉しいわ、とゆうくらいで。長さは残した方がいいのかしら?」

「いぇ、特にこだわりはないので必要なだけ切っていただいて構いません」

「危ない答えね。剃り落としていい、ともとれるわよ?」

ティーナは少し考えたが『それでも構いません』と答え、アロースは動きを止めて顔を覗き込む。

「本気で言っているのね…珍しい子。ぅふふ、じゃあ、好きに切るわよ?」

 

ティーナ達のやり取りの横でシアンはテーブルの上の布を改めて手に取り、まじまじと見る。

「接げない布ってどうゆうこと?」

「この布は虫のはいた糸を使って織るんです」

「あぁ、それでか…」

シアンはシャトの言葉だけで意味がわかったらしいが、カティーナの顔には疑問が浮かんでいて、シャトは困ったようにシアンを見る。

「何…? あ、カティーナか。えっと何の話だっけ…あ、生き物かられた物って魔力で加工出来ないんだよ」

「厳密には"出来ない"のではなく"しにくい"のだけれど」

舌打ちをしたシアンに笑みを向けたアロースは、カティーナの肩の辺りで纏めた髪に布を巻き、その上から強く紐で縛るとナイフを片手に言葉を続ける。

「魔石にも二種類あるのは知っている?」

「いえ」

「式を書き込んで使うのはほぼ全てが大地から採ったもの。その他にお守りであるとか、装飾品であるとか、そうゆうものには元々力の備わっている石を使う事があるのだけれど、それは大抵魔獣の歯や爪、それから体内で生成されたなんらかの結晶。心当たりがあるでしょう?」

ティーナの荷物には祈りの洞窟で貰った魔獣の角の他にも魔獣の体内で生成された石が含まれていて、アロースはそれら全てを指して尋ねたのだが、カティーナもシアンもそのことを知らずに角の事だけを思い浮かべていた。

「生き物の力が強くかかると他の力に対する抵抗が生まれるの。だから余程強い力が宿っているとか、理由はいくつかあるけれど、手間や時間をかけても惜しくないその質がしられている…そうゆうものしか出回らないのよねぇ~。ねぇ?」

何故かアロースはシャトに振ったが、シャトはその顔を見つめ返すだけで何も答えない。

「まだ終わらないのか?」

「あとす・こ・し♥」

店の雰囲気に少し慣れて落ち着いたかと思われたシアンだったが、がたん、と音を立てて立ち上がるとシャトとアロースの間で流れる妙な空気など無視するようにして尋ね、『じゃあ外で待ってるから!』と一人でさっさと店を出て行った。