ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 14

「名前、聞いていなかったわね…」

シアンが出て行った扉が閉まるのを待ってそう言ったアロースは"尋ねてもいいかしら?"とシャトに目で尋ね、シャトは一瞬間をおいてから静かに名乗った。

ティーナがそれに続くとアロースはカティーナの顔を覗き、シャトを見つめ、『ごめんなさいね』とシアンを相手にしていた時よりはやや落ち着いた調子で口にする。

「ここ気持ち悪いでしょう? シャトは平気なようだけれど…」

「…ここによく似た場所を知っていますから」

「そう…。カティーナさん、さすがにこのままとゆう訳にはいかないから少し整えさせて?」

切り取ったカティーナの髪を横の棚に乗せたアロースは、代わりに棚の中から大きな布を取り出してカティーナの服を覆い、自分の胸元に飾られていた黒い石の付いたぴんを外してその布を留めると『少しだけ二人にしてね』とその石に触れる。

するとカティーナの耳は一切の音を捉えられなくなり、その部屋の居心地の悪さと相まってカティーナは徐々に強くなるめまいような感覚に、身体を支えようと椅子を強く掴んで唇を噛む。

アロースはその様子に余計な刺激を与える事は避けるべきだろう、と、髪を整えようと伸ばした手を引っ込め、シャトに向かって早口に言葉を投げる。

「長く持たなそうだから単刀直入にいかせてもらうわ。貴女の持っているものを少し分けてもらえないかしら? 獣遣いとして"信頼"が大切なのは解っているの、そして真っ直ぐなありようはとても美しいとも思う。そう思いながらこんなことを言うワタシに矛盾があることも理解してる。…外に出さないと約束もする。お願い出来ない?」

笑みもなく真正面から見つめるアロースにシャトは首を横に振り、はっきりと『出来ません』と口にする。

「私は話を聞かれても構いませんからカティーナさんにかけた魔術を解いてください」

アロースはシャトの刺さるような視線に悲しげに微笑み、カティーナの身体を支えるように手を添えると、再び石に触れる。

音が戻ってもカティーナは強く椅子を掴んだまま唇を噛み締めていて、シャトは不安そうにその顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか…?」

「…。…。…はぃ」

その二文字を搾り出すのがやっとなのか、カティーナはそれ以上のことを口にすることはなく、しばらく沈黙がながれる。

外の音も聞こえず、室内には特別音を出す物がなくとも、全くの無音とは比べものにならず、カティーナはしばらくすると身体の力を抜いて小さく息を吐く。

「ごめんなさい、そんなことになると思わなくて…」

「…いえ」

「耳だけに力がかかるとそうなるのね…。本当にごめんなさい、言い訳に聞こえるでしょうけれど、"造られた"ワタシの身体では試せなかったものだから」

アロースはそう言うとテーブルに手をつき、カティーナの髪を切るのに使ったナイフを指の上にあてがうと、何の躊躇もなく力を込め、突然の事に目を丸くする二人をよそに、骨を押し切る耳障りな音に続いて、たん、とナイフとテーブルがあたる硬い音を響かせた。