ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 41

アロースの店の入り口、開かない扉を何度か叩き、カティーナは空を見上げる。

「このお店なのですが、扉も開きませんし、すぐ向こうに誰かがいる気配も無いようです…!」

視線の先には細い路地に入ることが出来なかったのか、隣の建物の上から覗き込むように首を伸ばすオーリスの姿があったのだが、カティーナの言葉に『ウ゛ッ』っと一声返しただけでどうやら身を伏せたらしく、鼻先だけを建物の端に覗かせ、時々ふるふると長い髭を震わせている。

"待てばいいのだろうか"とその鼻先を見上げたカティーナは、扉の正面を避けるように半歩程身体をずらして向かいの建物の壁に背を向け、足元に明かりを置くと、色褪せた木の扉と岩のそもののような質感の赤みがかった壁をしばらく眺めた後で壁の感触を確かめるように、指先を滑らせた。

背にした建物や続く路地の先に目をやれば、一部が崩れ砂や土がぼろぼろとこぼれ落ちて地面に山になっている壁もあり、全体として表面がざらついていることも分かる。

そちらの壁に触れればきっと指先には細かな砂が付くだろう、とそんなことを考えながらカティーナは滑らかな壁から指先を離し、明かりに翳すようにして何もついていないその指先を静かに擦り合わせた。

「新しいのでしょうか…」

 

そんなことをしているうちに扉へと近付いてきた魔力とは少し違う気配に、カティーナはオーリスを見上げ、また覗き込むように首を伸ばし、髭を震わせ長い耳を揺らしているオーリスの姿にふっと微笑んだが、当のオーリスは目を細めて扉に向かってどこか嫌そうな顔をしている。

 

僅かに掛け金を外す音が聞こえたあとで大きな扉はまたしても音もなく開き、微笑むアロースの後ろで小さく頭を下げたシャトは驚いている様子もないまま『わざわざすみません』と言って申し訳なさそうな顔をした。

「いえ、もう一度こちらを訪ねてみたいと思っていたので…。オーリスさんにはご迷惑だったかも知れませんが」

そう言って再び見上げたカティーナは、首を引っ込めて顔の見えなくなったオーリスを探すように空へと視線を移す。

「オーリスならそこにそのまま居ます。一緒に来てくださってよかった、と」

「そうですか…?」

会話の途切れたところでアロースはシャトに振り向き、もう一度カティーナを見ると『嫌でないなら』と前置きをしたうえで、

「少し寄っていかなぁい? 私は今時間があるし、その感じだと何か聞きたいことがあるのでしょう?」

とまだカティーナが返事をしないうちに、招き入れるつもりで身体をずらした。

アロースの周囲や店に漂う気配は一度目に訪ねた時と変わらずカティーナにはどちらかと言うと"不快"に感じられ、少しためらった後で、その場に平気で立っているシャトの顔を窺い、『ありがとうございます』と気を引締めるように息を吐いて店の中に足を踏み入れた。