エマナク 40
「"外"に出てぇならまずはなるだけ薬に頼らなくてもいいようにならねぇとなぁ。あとはそのままのなりで俺らをぶっ倒せればゆうことなしだ」
苦い顔をごまかすようにそう言ったトレローは今度は掴むような形でナティーフの頭に載せた手に力を込めた。
鎧姿のナティーフは傍目には護衛に見えていたが、どうやら小鬼達の方がいろいろな意味で強いらしく、言い返しもせず、手から逃れようともせず、大きな身体を縮めて半分笑った顔を引き攣らせている。
そんなナティーフに『必要な物と量を書き出してくれますか?』と投げかけたシャトは残りの薬草を片付けながら、グドラマについての小鬼達の問いかけに一つ一つ丁寧に答えていく。
「…そうか。元気そうで何よりだが、どうせなら死んじまう前にいっぺん顔を見ておきたいもんだな」
「お伝えしておきます」
「あぁ、獣遣いにも住み分けが有るんだろうが、よろしく言ってくれ。俺ぁグドラマやお前さん見たいな奴の方が好きだがなぁ…」
「どうだい、嬢ちゃん、ナティーフと共にする気はねぇかい? 不器用だが悪い奴じゃあねぇぞ?」
どっと笑った小鬼達、ナティーフは困った顔で『からかわないで下さい…!』と言いながら赤く染まりはじめた肌を隠すようにさらに縮こまる。
一方でシャトは笑いもしなければ、恥ずかしがりも嫌がりもせず、真っ正面から"共にする気は…"と口にした小鬼を見つめている。
「…私が獣遣いだからですか?」
その言葉で、和らいでいた空気が、目の前で誰かが喉元に剣を突きつけられたかのようにぴんと張り詰め、小鬼達のほぼすべてがシャトを見る。
突然のことにおろおろするナティーフと、真面目な顔で口を出すことなく見守っているアロースを見やったトレローは、シャトの視線の先に割り込むようにその目を見つめ、抑えた声で言う。
「…悪かった。ここにいる奴らは…俺を含め嬢ちゃんの思ってる通りのことを考えてる。…それは間違いないが、ただ、それだけじゃねぇ事も解ってくれ。俺等はグドラマがどんな奴かも知ってるし、嬢ちゃんが"能力"だけに頼らず育てられて、自分でもそう在ろうとしてきた事が判るからこそ、そう言いたくもなるんだ…」
トレローの言葉に悲しげに俯いたシャトは『…すみません』と口にするときゅっと唇を噛んだ。
「いや、謝ることぁねぇよ。ずいぶん飲んでたとこに俺が試すような真似したからな、ただ飲み過ぎたってだけだろう…。ナティーフ! まだ書けねぇのか! さっさとしろ、嬢ちゃんが待ってんだろ。…嫌な思いさせちまったみてぇだが、ここにいる間ぁ、嬢ちゃんさえ嫌じゃなけりゃまた話に来るといい。グドラマの昔話でも鉱石の加工法でも、俺等は人よりよく知ってる。一つや二つ益になるもんもあるだろうからな」
トレローの言葉が途切れたところでナティーフは『書けました』とぼそっと口にすると、やや赤みが抜け元の色に近づいた手で一枚の布をシャトに差し出す。
「少し多めに書いているので、この量がそろわなくても大丈夫ですから…。すみません、よろしくお願いします」
「はい、間違いなく明日の夜までに…」
受けとった布から視線をあげることなく言った後で、背に何かが触れた感覚でふっと身体を強張らせたシャトだったが、
「調度いいわね。お迎えがついたみたいよぉ…?」
と顔を覗き込んだアロースに小さく頷くき立ち上がる。
そして始めと同じように小鬼達に向かって深々と頭を下げると、床に敷いた布はそのままにアロースに腕を取られてその部屋を後にした。