ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 36

シアンの背を妙な物を見るとゆう様に見送った小鬼はシャトに向かって『あの嬢ちゃん、何かされたのか?』と尋ねたが、シャトは"分からない"とゆう意味を込めて首を横に振る。

「お前さんはミミズ娘の事知んねぇのか?」

"ミミズ娘"と言われてシャトはアロースの店に漂う雰囲気を思い出し、似ていると感じるのは自分だけではないのだな、と思いながら『一度だけお会いしました』と答えた。

歩き出した小鬼は、ふん、と相槌なのか顎を小さく跳ね上げる様に動かし、シアンの言っていた三本目の路地に向かおうとしたらしかったが、その前に路地から薄明かりに包まれた様なアロースがゆったりと姿を見せたことで再び立ち止まる。

「いい加減ミミズ娘呼ばわりするのは止めて下さいな」

「いいじゃねぇか、分かりやすいだろ」

「それで"解る"のはあなた方くらいでしょう…と、言いたいところですけれど、シャトもたぶん解ってるわね」

笑顔を向けられたシャトは少しぼんやりとしていたのか、目をゆっくりとアロースに向け、瞬きを繰り返してからこくん、と頷いた。

「ふふっ。…どうゆう訳で一緒に歩いているのかは知りませんが、立ち話もなんです、このまま店の方からどうぞ」

そう言った後でシャト達の背後に目を向けたアロースは『せっかく迎えに来たと言うのに…』と眉を寄せ、僅かだが残念そうに唇を尖らせる。

「何だか知らねぇが、ずいぶんと嫌われてるらしいな」

「可愛がりすぎたせいか、ちょっと撫でると引っ掻かくんですよ…♪」

「割に嬉しそうじゃねぇか」

「だってあんな態度をとる娘は初めてなのですもの…」

潤んだ瞳のアロースはすっと衿を緩めると、首元にわざと残していたらしい焼け爛れた肌を小鬼に向けるようにして、『良いでしょう?』と口角をあげて見せた。

「全く妙な"もの"を残していったもんだな」

小鬼の言葉に『ふふっ』と声を漏らしたアロースは衿を直すと一同を促して路地へと入っていく。

全員が店に入ったところで扉に小さな掛け金を下ろしたアロースは、"品物"の並んだ棚の間を抜けて奥へと進み、それに続く小鬼と重鎧から一歩遅れてその背を追ったシャトは表からでは分からなかった建物の大きさに不思議そうな顔をする。

大きさの事だけを言うならば単にこの建物を取り囲むように小さな建物が並んでいる為に見えていなかっただけなのだが、長く伸びる廊下は複雑に枝分かれしていて、初めて足を踏み入れた者が独りで歩けばまず間違いなく迷うだろう。

滑らかな土の壁にはところどころ継ぎ目の様な物が見えていて、その継ぎ目を境に土の色が変わり、壁を支えるアーチの作りも変わっていく。

飾り気のないただの扉ですら継ぎ目を境に違いが見て取れ、どうやらこの建物が建て増しを繰り返したこと、そしてそれは長い年月の中で幾人もの手によって行われてきた事が判るが、アロースは、

「初めはこんな迷路みたいな廊下なんてない小さなお店だったのよ?」

と立ち止まって扉に手をかけながら振り返った先のシャトの顔を見て口にした。