ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

エマナク 37

「初めは本当に入口の近くの二部屋と二階の一部屋だけの小さなお家で、それで十分足りていたはずなのよ? でも私の為に集めた品が増える度に建て増しをするのを見ていたものだから、私だけになってからも何だかそうしなきゃいけない様な気がしてしまって。それにすべてを"記憶する事"を求める様に造られたからか手元に来たものはなかなか手放せないのよぉ。さすがに建て増しはもうやめたのだけれど、荷物は増えるし…全く困まるわよねぇ?」

開いた扉の奥には広い部屋が広がっていたのだが、その半分は堆く積まれた荷物が天井近くまで達し、何かちょっとしたきっかけで落ちて来るのでは、と心配になる。

店の入口よりも更に大きな扉の見える残りの空間には沢山の木箱や袋を積んだ荷車、その周りで休み、本を読み、装備の手入れに勤しみ…と、思い思いに過ごしていたらしい小鬼達が揃って一番後から部屋へと入ったシャトに向けた視線は、値踏みするように頭の上から足の先までをたっぷりと時間をかけて往復した流れで重鎧と並ぶ小鬼に向く。

そしてそのまま話し始めた小鬼達を見回したアロースは"適当にやって"とでも言う様な顔をシャトに向けただけで部屋を出てしまい、店やアロース自身の話は中途半端なままで途切れるかたちになった。

「良いのが居たのか?」

「昔ながらの獣遣いだ。大鬼共の事も知ってるってぇから、そこらの獣遣いより確かだろ」

「…まぁおめぇがそう言うなら口は出さねぇが…」

"口は出さない"と言いはしたものの、その小鬼を含めた幾人かは、明らかにシャトに対して厳しい視線を向けている。

「わざわざ来てくれたんだ、そんな顔してねぇで挨拶ぐらいしろや」

「突然だったろぅに、悪ぃな」

「早速物を見せてくれるかぃ?」

そうして声をかけてくれた小鬼達はどちらかと言えば好意的な様子でひょこひょことシャトを囲むように集まって来たが、奥の小鬼達は立ち上がりもしない。

シャトはそんな小鬼達に一度深くお辞儀をすると、土を固めただけの床に大きな布を広げ、その上に次々とリュックから取り出した薬草や木の実を並べていく。

「ナティーフ、てめぇいつまでそんなもん着込んでるつもりだ? さっさと外して自分で選べ」

「あっ…はい」

重鎧は荷車のそばまでいくと剣を下ろし、兜と肩から腕にかけての鎧を外すとすぐに戻ってきた。

やはり年齢はシャトよりもやや下、とゆうところだろうか、顔立ちは幼さが残るものの彫りが深くはっきりとしていて、太い首から肩、そして腕にはしっかりと筋肉が付いている。

広場での騒ぎの後には真っ赤に見えていた肌は、どうゆう訳か血管が透けて見えてはいるもののどちらかと言えば色白で、黒い髪と瞳が良く映える。

シャトはしゃがみ込んだ重鎧…ナティーフと呼ばれた少年のその肌を見て安心した表情をみせたが、その後で何か違和感を覚えたかのようにその姿をじっと見つめ、しばらくしてゆっくりと首を傾げた。

「そいつは大鬼じゃねぇよ。人と混ざってんだ」

シャトの疑問を見透かした様に言葉を投げた小鬼は納得しかけたシャトを見て『…狂った奴らの血じゃねぇぞ?』と続ける。

「珍しい事なんだろうが、単に混ざってんだ」

 

大鬼、シャトが"森の人"と言い換えたその種族は、遠目に見れば人と大差ない身体を持っている様に見えるが、女性でも二メートルを超える長身に発達した筋肉を纏っていて、近付けばその違いは誰の目にも明らかだろう。

薬草・毒草を始め植物に詳しく、魔力を扱うことは出来ないが、感情の高ぶりとともに身体能力が飛躍的に向上し、大型の魔獣とも互角に渡り合う戦闘能力を発揮する。

しかし回数を重ねる度に理性を失うとも言われ、身体能力が向上するに先だって赤く染まる肌は一部地域では激しく嫌悪されているが、本来ならば争いを好まぬ穏やかな性格を持つ者が大半を占める。

男女問わず総じて短命で四十を越える者は殆どおらず、他種族とのいさかいをできる限り避けるために人里離れた森の奥にひっそりと村を作っているが、理性の喪失も、短命である事も、すべては種族として生まれ持った感情に伴う身体能力の向上とゆう"性質"に因るもので、穏やかな性格や植物の知識はその性質を抑えるための自衛手段として積み重ねられてきた種族の財産でもある。

 

大鬼…森の人の血を引くナティーフにとっても能力の向上は自身の身体を内側から切り裂く両刃の刃。

森の人の生まれ持った強い身体であっても抑えきれないその刃に、人に近い脆弱な身体で抗う為、森の人ならば常用をすることのない感情の高ぶりを抑え自己治癒力を上げる薬を、ナティーフは物心がついた時からずっと飲みつづけているらしかった。