いつもと違う夜
森の中は時折風で擦れる枝葉の音に混じって足元で何かが動いてはいるが、姿は見えず、先に進んでも大きな生き物の気配はないようだった。
オーリス達は周囲を警戒することなく、東に向い道は判っているとばかりに比較的木々のこんでいない場所を選ぶように先導し、絞られた明かりの中でも何に困ることもない。
川を越え、森を抜けた一行はしばらく歩いた先の水場に幕を張る。
街道沿いとは言え日が暮れれば行き交う者はおらず、辺りは静かで見える範囲に他に明かりもない。
「オーリス、シャトの事は起こさなくてもいいんだろ?」
小声のシアンに頷いたオーリスは身を伏せると、シャトを風で包み自分の脇腹のあたりに寄り掛からせたが、その背にはキーナの入ったリュックがそのままになっている。
「そのままでいいのか? 荷物下ろして幕の中に寝かせるか?」
まるで子供の面倒を見るように、オーリスのそばに寄ったシアンはシャトの眼鏡を外しリュックを下ろさせると、オーリスの瞳を覗き込み『オーリスはどっちが寝やすい?』と尋ねた。
オーリスにとってはシャトを抱えて眠ることは苦にはならないらしかったが、何を話しているかのようにイミハーテと鼻を付き合わせていたかと思うとシアンに向かって鼻を鳴らす。
「しゃっと、よぐぅ、でむる。しじゅかぁ…」
それに続いて鳴いたイミハーテは翼をばたつかせながらぴょこぴょこと跳ねるように地面を歩くと、幕の入り口をちょっとだけ持ち上げ、シアンを見つめる。
「中に寝かすのな」
ふふっと笑ったシアンは全身に魔力を巡らせると『少し動かすぞ』とシャトに小さく声をかけ、その身体を背に負うように担いで立ち上がった。
「軽いな」
自分より上背のあるシャトの身体に呟いたシアンは、幕の中にシャトを寝かせるとワンピース姿のその身体をまじまじと見つめる。
がりがりって訳ではないよな、と、その白い足から靴を脱がし、めくれかけた服の裾を直していると『何をやっているんですか』と鍋を片手に怪訝な顔のカティーナが離れた場所から声をかけた。
「改めて見てシャト華奢だなぁ、と思って。カティーナそれ、眼鏡とリュック取って」
「きゃしゃ? …眼鏡は何処ですか?」
「それ、足元。なんだろな、線が細くて、頑丈じゃない、とか? わかんない、なんか、華奢だなぁ、って思った。肉の付きは薄いよな」
カティーナは眼鏡を拾い上げながら、水音の中で見たシャトの背中を思い浮かべ、どこか悲しげに眉を寄せると、リュックと一緒に眼鏡をシアンに手渡す。
「あんがと。シャトおやすみー」
火にかけた鍋に干した魚と水、洗った野草を入れたカティーナは、
「薬や魔術で傷を治しても、傷痕が残ることとゆうのはよくあるのですか」
と尋ね、シアンの服の衿からわずかに覗く傷痕に目をやる。
「んー、やりようじゃない? 小さな傷なら見えなくなっても、大きければその分目立つだろ、たぶん。まぁ多少の跡なら誰も気にとめやしないけど」
そういいながら衿をぐいっと引っ張ったシアンは『こんなふうに残ってるのは例外な』と歯を見せて笑い、『傷治すのは水か大地かじゃないと』と大きく伸びをした。