ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

嵐の中で 4

降り出した雨を避けるためにシャト達は森の中に幕を張り、精霊と共にカティーナ達の帰りを待っていた。

オーリスは風を起こすのを止め、シャトと並んで幕の下で休んでいる。

周りを飛び回る精霊達の見せる落ち着いた様子から、作業が無事に進んでいるらしい事を感じたシアンは誰にともなく尋ねた。

「ここに集まってる精霊達って何処からきたの?」

しかし集まっている精霊は誰にでも姿が見える程に強い力を持っているわけではなく、はっきりと認識しているのはシアンとオーリスだけで、マルート達はシアンに言われて改めて周囲にある気配を意識したらしかった。

『はなれてた』

『もりのおく、こわくない』

『ここ、すこしこわい』

「この辺りにいた精霊は皆消えちゃったのか?」

『みんなじゃない』

『でも、きえちゃった』 

『たくさん、きえちゃった』

「傷、塞ぐのに出来ることがあるなら教えて欲しいんだけど…」

『なおるの、かってに』

『でも、いまよくないの』

『だからみんなでなおすの』

精霊と話し出したシアンをマルート達は気にしているが、シャトはオーリスのそばできょろきょろと気配を追いながら『助けてくれてありがとう』と微笑み、すっと手を伸ばす。

「シャトの手の中に居るよ、きらきらしてる」

シャトは言われて手の中の暖かさに目を細めた。

「亀裂を閉じる為に何か出来ることはあるんですか?」

「まずはカティーナが言ってた流れ着いた何かを外に出すこと。あとはあまりないみたいだな…さっきも聞いたけど、精霊達が傷を治すって。魔術式を解ければそれが一番だけど、私じゃ多分無理だし、そもそも向こうに行けないのがな…」

「精霊さん達の力を借りられる魔術師さんが居れば…」 

その時、突然ガーダが二人の会話を手で制し、イマクーティ達は揃って幕から身を乗り出した。

そして雨の音の中から何かを聞き分けようと耳をそばだてたかと思うと、途端に表情が強張り、幕から飛び出していく。

「何かあったようだ」

ガーダの言葉で雨の中へ駆け出したシャトを追うように幕を出たシアンは、砂浜を走るタドリの姿を見つけ目を凝らす。

「カティーナ殿を背負っているのか?」

「何があったんだ!?」

「ヒュアを呼んで来い!」

慌ただしく動きはじめたイマクーティ達の間を抜けてシャトが川を越えようとした時、まるで行く手を阻むかのように強い風が吹き、タドリ達に力を貸し与えた三体の精霊が姿を見せた。

「通してください!!」

大きな声を上げて精霊達を見つめたシャトの瞳は、怒りか、不安か、それとももっと別の感情からなのか、大きく見開かれ微かに震えている。

辺りに響く強く、優しく、そしてどこか悲しい音色に、シャトのそばに歩み寄ったシアンが口を開く。

「それ以上進んでは行けない、進めばシャトも危ない、って心配してる」

顔を伏せて唇を噛んだシャトの顔を伝う雨が、涙の様に見えた。

 

「シャトさん!! カティーナさんが怪我を! 肉が溶けています!!」

走りながら叫んだタドリの背中で、嵐を抜けた事に気がついたのか、カティーナはゆっくりと意識を失った。

精霊はタドリとカティーナの身体に付いた汚れと気配に身体をざわつかせながらも、その場を離れることはない。

あの場に残った二人の思いに感応しているのか、タドリとカティーナにかかる負担を肩代わりするかのように、辺りに広げていた魔力を二人の周囲に集めていく。

『そのまま川に入りなさい。その気配、払わなくては…』

タドリは言われるままに冷たい川に浸かり、背中のカティーナを下ろしながらもう一度シャトの名を呼ぶ。

シャトはリュックから取り出した透明な液体の入った瓶をタドリに向かって思い切り投げると、その場に崩れるように膝をつき、強く唇をかんだまま座り込んだ。

シャトの投げた瓶をしっかりと掴んだタドリは、迷うことなく蓋を開け、抱え直したカティーナの爛れた肩や腕に流しかけていく。

じゅわじゅわと溶けつづけていた肉が落ち着き、周囲に柔らかく包み込むような気配が広がると、タドリは安心したのかぼろぼろと涙をこぼし、自分の手のことなど忘れたようにカティーナを抱える腕に力を込めた。