雨の後 1
ガラスのはまった窓越しに差し込んだ朝日で、白いカーテンが光っている。
二台並んだベッドの片方、柔らかそうな布に包まれた身体が微かに動いたかと思うと小さな呻きをあげ、眉間にしわを寄せながら目を開いた。
布から覗く右肩には包帯が巻かれている。
解けた長い金髪が床に垂れているが、まだぼんやりとしているらしく、目を開けただけで頭を動かそうともしない。
視線の先には誰もいないもう一台のベッドと腰板の付いた石積みの壁。
「ここは、どこでしょう…」
カティーナはそう呟いて、傷の痛みに顔をしかめた。
どれくらいの時間そうして壁を見つめていたか分からないが、足の方からキィと何か軋むような音が聞こえ視線だけでその方を窺うと、開いた扉からウラルが姿を見せた。
「目が覚めたのね。よかった」
ウラルは柔らかな声で言い、安心したといった風に微笑んで持っていたお盆をそばの棚の上に置くと、カティーナのそばへとやって来てしゃがみ顔を覗き込んだ。
「気分はどう?」
「頭がぼんやりしていますが、気分は悪くありません」
「痛みは?」
「大した事はないと…。ここは、どこですか?」
「昔居た魔術師さん達が使っていた家よ。街に戻ったんだけど、どこまで覚えてるの?」
カティーナのぼんやりとした頭に最初に浮かんだのは、洞窟を抜けた時に見た雪を被った山の光景で、そこからの出来事をゆっくりと追っていく。
「魔術師さん方の家で転んで肩を打ったような気がするのですが…」
カティーナはそう言ったあと少し間があったが、急に身体を起こそうとして呻き声をあげた。
「無理しないで…!」
「すみません、大丈夫です」
カティーナは応えながら自分の状況を把握しようと必死に頭を働かせ、自由になる片腕を動かす。
上半身は包帯で巻かれ、じぶんの物ではないだろうズボンを身につけているらしかった。
「私の服や荷物は…」
かすれた声でそう聞いたカティーナの瞳は何かに怯えた様に揺れ、冷や汗をかいている。
「着ていた服は臭いと汚れが落ちなくて…川に晒してあるわ。他の荷物はそこに」
「何が…いえ、あの…」
「私が見聞きした事でよければ話すわよ?」
何かに動揺し、何を口にしたらいいのか判らないでいるカティーナにウラルがそう言うと、小さな頷きが返ってきた。
「何から話したらいいのかしら…えっと、そうね、カティーナさんが意識を失ってから一日半位経ってるはずよ? 何かを捨ててたって事だけど、それは終わったし、魔術師達の埋葬も済んだみたい。亀裂…は、まだ閉じていないけど、おじ様、レイナンさんが知り合いの魔術師さんを連れて来てくれたの。精霊達も力を貸してくれるし、時間はかかるだろうけど元に戻るって」
「…一日半…」
そう呟いたカティーナは俯せの姿勢のまま、肩の痛みを道標に記憶を辿っていたらしかったが、扉をノックする音に顔をそちらに向ける。
ウラルが開いた扉の向こうには赤毛のイマクーティが立っていた。
ウラルより少し背が高く、身篭っているのかお腹がふくれている。
「お邪魔するわね」