ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

雨の後 10

リファルナの事で騒いでいる一部を除けば、北で起きていた異変に対する不安が薄れたのか街の雰囲気は明るくなっていた。

中にはオーリスと並んで歩くシャトに声をかけたかと思うと『カティーナに届けて欲しい』と果物や菓子などを持たせてくれる者もいて、シャトの両手はあっという間にいっぱいになる。

その荷物を抱えたままタドリの家へとやって来たシャトは、家の中から聞こえる声におずおずと開かれたままになっていた戸口を覗き込み、怒ったように腰に手を当て閉ざされた部屋の扉に向かって立つヒュアに声をかけた。

「ヒュアさん? おはようございます」

「ん? あらシャト、いらっしゃい」

「あの、リファルナさんから渡すように頼まれた物があって寄ったんですが、入っても構いませんか?」

「えぇ、入って入って。タドリ! シャトが来てるわよ!」

ヒュアは扉に向かって声をかけるが、反応はなく、シャトの後ろに座っているオーリスを見ると、シャトに向かって

「オーリスにこの扉吹き飛ばしてもらえないかしら?」

と驚くようなことを言う。

「まぁ、それはさすがに冗談だけど、タドリが出てこないのよ。傷の手当てが済んだらカティーナさんのところに連れてくつもりだったんだけどね。もう、カティーナさんのこと気になって仕方ない癖に…」

シャトが何を言ったら言いのかと、口を開こうとしては閉じるとゆう事を繰り返しているとヒュアは近付いてその顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

問い掛けられたシャトは首を横に振り、視線を下げる。

「あの、これ、リファルナさんからタドリさんに渡すようにって頼まれました。あと…」

シャトは一度手に持っていた荷物を棚に置き、ローブの中のリュックを探ると薬草の束を取り出した。

「お見舞いにもならないかも知れませんが、私からです」

「あら…今のタドリにぴったりね」

数種類の薬草を束ねたそれを見て、ヒュアはすぐにそう言う。

身体を温め強張りを解き、怪我や疲れの回復を早め、張り詰めた精神を落ち着ける、そうゆう薬草をまとめたそれからはタドリの事を心配しているシャトの気持ちが伝わり、ヒュアはシャト自身が少し落ち着いたらしいことに安心していた。

「ありがとう。もし時間があるなら私の代わりにタドリの手当てお願いしてもいい? 私カティーナさんの様子見てくるから」

「…あの…はい。シアンさんに会ったらリファルナさんが手伝いが欲しいと言っていたと伝えてくれますか?」

「えぇ、わかったわ。じゃあ、タドリのことよろしくね」

ヒュアは包帯や何かの入った篭を持つと『困らせるんじゃないわよ』と扉に向かって投げかけ、シャトに向かってにこっと笑って家を出て行った。

シャトは軽く扉をノックしたがタドリからの返事はなく、そのまま声をかける事はせずに扉の前に座る。

タドリが扉を開けるまで待つつもりのようだった。

この家に住む他のイマクーティ達はヒュアとシャトのやり取りを聞いていたのか、顔を合わせてもシャトがそこに居ることには何も言わず、にこやかな挨拶と他愛のない話をするだけだったが、話の端々でわざとなのかシャトの名前を呼ぶ。

扉には鍵がかかっている訳でもなく、ヒュアが言ったように力ずくで開ける方法もあるのだろうが、誰もそれをする気はないらしく、その場を離れるときに『ごめんね』『ありがとう』などとシャトに言い、扉に視線を送っていた。

しばらくそんな事が続き、オーリスに呼ばれて顔をあげたシャトは戸口に立つシアンを見て『あっ』と声を上げ、すっと立ち上がるとゆっくりとそちらへ歩いていく。

「おはよう」

そう言ったシアンは少しだけ居心地が悪そうで、シャトは少し離れた場所で立ち止まった。