ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

嵐の中で 1

ティーナと共に森を抜けたイマクーティは液体が崖を伝い浜を汚す様に顔をしかめていたが、魔術師達の家へと上がるために崖に近付くと、風だけではどうにもならないその臭いに胃から込み上げてくるものを必死に抑える為か、より一層顔に力が入る。

そして"よく平気で立っていられるな"とカティーナを見るが、それを口にする余裕はないらしく、階段を上り始めたカティーナの後ろを黙ってついていく。

崖を上り切ったところでカティーナは立ち止まり、一度後ろを振り返ると腰にさげていた剣を抜き口元へ近付けた。

自由にならない口で何かを呟き、その剣身に白い指を滑らせる。

視線を感じながらもその剣を地面に突き立てたカティーナは身じろぎ一つせず、その剣と口にくわえた飾りのどちらにも均等に魔力が行き渡るよう、それだけに意識を集中させているらしかった。

地面が冷気を帯びると、戸口からこぼれ出していた液体がその縁から徐々に凍り始める。

「私は浜におります」

出来るだけカティーナの邪魔にならないようにと気を使ったのか、それだけを言い置いてイマクーティは崖を下りていく。

浜へと下りたイマクーティは辺りを見回し、まずは浜を汚す液体がそれ以上海へと流れ込まぬように、と背負っていた農具で寄せはじめたが、動かしたことで立ち上る臭気に耐え切れず、砂浜に座り込み嘔吐した。

精霊の力は嵐の中でも狂気に飲まれる事なく動けるだけの加護を与えてれているが、五感にまでは及ばないらしく、普段ならば武器になるはずの嗅覚が疎ましく感じられる。

荒い息を整えようとするとその度に襲ってくる腐臭に、イマクーティは再び上がってくるものを無理に飲み込み、顔を覆っていた布を巻き直す。

口に残る苦さと、喉の異物感、布一枚ではどうにもならない腐臭。

力無く顔を上げた先に風を送り続けるオーリスと精霊、寄り添うシャトや心配そうに指を組みこちらを向いているマルートの姿を見て、頭を抱えながらもイマクーティはふっと笑みをこぼした。

「出来る事をしたい、か…それがなかなか難しい」

そしてそう呟くと、脱いだ上着を鼻先に何重にも巻いて縛り付け、ふん、と鼻を鳴らしながら勢いよく立ち上がり、農具を掴んだ手を大きく振ってマルート達に無事を知らせ、波打ち際のどろどろと溜まった物を再び集め始める。

臭いを完全に感じない訳でも、吐き気が治まった訳でもなかったが、年若いタドリが弱々しくも見せた気概の芽を摘むわけにはいかないと、自身を奮い立たせ、黙々と目の前の"敵"を片付けていく。

その間にも雲はさらに厚くなり、いつ雨が降り出してもおかしくはない。

崖の上のカティーナは視界に入る黒雲に不安を覚え、扉の向こうにある何者かの眼球と亀裂の存在に心が波立つのを感じていた。

『何も起きはしない』と自身に言い聞かせる様に頭を振り、地面に突き立てた剣を抜きくと凍った赤黒い塊に足を乗せる。

それは液体ではなくなっていたが、氷とゆう程の硬さはなくしゃりしゃりと崩れ靴を汚す。

しかしカティーナはそのまま足を進め、扉の前でもう一度剣を突き立てた。