ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

魔術師達の家へ 7

舟が浜に乗り上げると、それまではオーリスの起こす風のせいかあまり感じなかった腐臭を、顔を覆った布など意味が無いのではと思うほど強く感じた。

ティーナは顔をしかめたが、シャト達の顔が自分に向いている事に気付き、大きく手を振って無事を知らせる。

そこは崖と森に囲まれた小さな浜辺で、崖の上、魔術師達の家なのだろう建物の辺りからは何か液体のようなものが崖をつたい、浜を汚し、海にも流れ出しているのが見て取れた。

舟から飛び下り、カティーナは液体がつたう崖へと向かっていくが、近付く程に世界を隔てる壁の亀裂がそこに存在するのだと本能的に身体がざわめき、表情が険しくなる。

そして"何度感じても慣れないものだ"と崖の上を見上げ、改めて自分の魔力をその口に噛んだ飾りへと集中させた。

魔力と共に波立つ精神を落ちつけているらしい。

波と枝葉のすれる音以外に聞こえるのは自身の呼吸だけ、カティーナは顔を伏せると目を閉じ、細く長く息を吐いた。

顔をあげた時には表情の険しさが多少薄れてはいたものの、普段とは違う鋭い視線で辺りを探り、浜を汚す液体を避けながら崖の上を目指して歩みを進める。

崖に造られた階段を上がると建物の入り口が見えたが、窓も入り口の戸も閉ざされていて、中を窺う事は出来なかった。

ただ、その戸の足元からは崖をつたい浜を汚しているものと同じ液体が漏れ出ている。

赤黒く、所々に柔らかな固まりが混じるようなどろりとした液体。

腐臭の原因がそれにあるらしいことは判るが、カティーナはそれが何なのかを確かめるため、手近な窓を破り中を覗き込んだ。

 

部屋の中央付近が微かにきらきらと光っている。

世界を隔てる壁に出来た傷、魔力の嵐の原因にもなる亀裂の周囲には、外へ漏れ出ているものと同じ液体がそのぬめぬめとした表面に光を映し、ただ静かに満ちていた。

その中の大きな黒い塊に気付きカティーナは息をのむ。

きらきらと光る亀裂を越えその場で息絶えたらしい"何か"、人を丸呑みに出来るほどに巨大なその身体の半分はすでに腐り、溶け落ち、赤黒い液体に変わって床を満たしているにも拘わらず、燃えるような瞳だけは牙を剥き出しにした頭骨から零れながらも意思を持っているように辺りを睨み続けている。

ティーナはその瞳が放つ不気味な存在感に圧され身を引きかけたが、違和感を覚え薄暗い部屋の中に目を凝らす。

そして腐り落ちた巨体の下で赤黒い液体に呑まれた影を見つけ"まさか"と眉を寄せ、隅々まで視線を走らせる。

部屋の中には他も二つ、同じように赤黒い液体に呑まれた影が横たわっていた。

 

ティーナは窓から離れると魔力を探るようにしながら慎重に家の周りを巡り、何を思ったのか、森へと向かって行く。

枯れた木々が目立ち、獣も鳥も、虫すらもいない。

奥へと行けば罠があるはずのその森を、カティーナは躊躇い無く進んでいくが、辺りの地面や木々が焼け、えぐれ、傷付いているのを見つけるとしゃがみ込み何かを確認するように地面に触れる。

数箇所で同じような動きをみせ、一人頷くと、カティーナは魔術師達の家や舟をつけた浜とは違う方向へ向かって歩き始めた。