魔術師達の家へ 8
カティーナが崖を上がりはじめた頃、ガーダに担がれたシアンはスティオンの家に着いた。
ガーダはすぐにシアンを下ろし扉を強く叩くが、返事は無い。
「誰もいないのかぁ…!」
シアンが声をかけながらノブに手をかけると、扉は抵抗無く開き、ガーダ共々中を窺うが、すぐの部屋には姿が見えず、奥からはがさがさと紙の擦れるような音が聞こえていた。
その音に向かってシアンは改めて『こんにちはー』と声をかけ、家の中を遠慮なく見回す。
人間に合わせて作られたらしいその家の中は、全体としては几帳面に整えられているが、埃が目立ち、所々に何かを書き留めたのだろう紙がぐしゃっと丸めて投げ出されていたり、壁のそばに割れた皿が放置されていたりと、どこか荒んだ雰囲気が漂っている。
シアンの声にがさがさとゆう音はピタッと止まり、シアンは相手が出てくるのではと待ったが、何の反応もないことに首を傾げ、家の中へと足を踏み入れた。
「居るんだろ?」
音がしていた部屋へと向かい、中を覗き込もうとしたシアンの衿をガーダは急に掴み後ろへと引く、と次の瞬間大きな槌がシアンが首を伸ばそうとした先の空間に勢いよく振り下ろされ、床で大きな音を立てた。
「お"ぉ…?」
シアンは何が起きたのか、と変な声を出して槌の振り下ろされた床を凝視していたが、ガーダはもう一人に人払いを頼むとその場で奥に居るらしいスティオンに怒鳴る。
「何のつもりだ!?」
「こちらの台詞だ。人の家に勝手に入り込んで…何をしに来た!?」
姿を見せぬままそう言うスティオンに、ガーダは声を落ち着けて話す。
「客人の一人がここへ来たいと言うから連れてきた、ただそれだけだ。だが、事によってはそれでは済まないぞ」
姿を見せたスティオンだったが、感情を抑えようとしているのか荒い呼吸に合わせて肩を上下させ、シアンを睨んでいる。
その眼には力が入り、微かに震えているが、それが何の感情から来るものなのかはスティオン本人も判断がついていないらしかった。
「ガーダ、いいよ。驚きはしたけど、別に本気で怪我させようと思ってやった訳じゃないみたいだし…」
スティオンとシアンの間で視線を行き来させていたガーダだったが、ふん、と鼻を鳴らすとシアンにその場を任せる事にしたのか、一歩下がって腕を組む。
そんなガーダを見ることもなく、スティオンはシアンを睨んだまま口を開いた。
「何の用だ?」
「今、カティーナが北に行ってる…シャトの隣にいた金髪の奴だ。私には嫌な感じがするだけで何も見えなかったけど、嵐が起きてるらしい」
シアンの言葉にスティオンの瞳が動いたが、動揺を隠そうとするかのようにすぐに後ろを向き、その場に放り出してある荷物を大きな鞄へと詰め込みはじめた。
「あんた何してるんだ?」
「この街を離れる。言ったはずだ、それで済む」
「街の者達も動き出した。客人達も力を貸してくれている、それでも、お前は…!」
「私は私を守るために出ていく! 街を守ろうとするあなた方となんら変わりは無いはずだ!!」
前に出ようとしたガーダを押さえ、シアンは静かに口を開いた。
「あんたの言ってること、納得は出来ないけど、間違ってるとは思わない。それでも、ここで生きてきた時間があるはずだろ? 少しでもいいから何か話してくれないか?」
「ここで生きてきた時間? お前が何を知っている!? 私がどんな思いでっ…」
勢いよく振り返ったスティオンだったが、ガーダの視線にぶつかると身体を竦ませ、小刻みに震え始めた。
シアンはその様子に違和感を覚え、それまでの出来事を思い返していく。
そして何かに気付いたらしく、『あっ…』と小さく声を漏らした。