ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

雨の後 15

星の輝く夜空に大きな影を見たような気がして、シアンは辺りを見回している。

レイナンとの話はシアンからはほとんど何も言うことなく終わり、ウラルの代わりに魔石を渡しに来たガーダと入れ替わるように出て行った後ろ姿を見送ることもなく、シアンはこの数日の出来事を思い返し、どこか上の空といった様子で魔石に力を込めてガーダに礼を言った。

それからすぐにガーダに見送られながら外に出たシアンは夕暮れに空を見上げた場所で立ち止まり、夜空に大きな影を見たのだった。

気のせいだろうか、と歩きはじめたシアンはほとんど明かりの無い街の中で微かに聞こえて来る話し声も波の音も耳に入らず、ただただ泊まっている家に向かって足を進める。

ティーナの居る二階の窓からは明かりが漏れているが、一階には誰の姿もなく、自分の靴音がやけに響くような気がして始めて音を意識した。

二階に上がってカティーナの部屋をノックしたシアンは、話し声はしないな、と思いながらカティーナの声に扉を開く。

「お帰りなさい。さっきまでシャトさんが来ていましたよ」

靴を履く練習なのか、床に屈み込んだカティーナは廊下に立つシアンを見上げて言い、足に巻き付けた紐を解いていく。

その動きを廊下に立ったまましばらく眺め、シアンは『シャト、何だって?』と壁に寄り掛かって腕を組んだ。

「お父上のパートナーの方がオーリスさんと一緒に洞窟まで送ってくださるそうです。来たときのように一晩洞窟に泊まっても構わないのなら夕方街を出れば大丈夫だから、と言ってくださったので長老様方がいらした後、お見舞いのお礼をして回るのに案内を頼みました」

「は…? それだけ?」

ぽかんと口を開いたシアンをカティーナは不思議そうに見つめ、もう一度靴を履こうと動かし始めた手を止めた。

「一緒に帰ると伝えたのですが、他に何かありましたか? シャトさん、シアンさんが戻られるのを待とうかとしばらくはここにいらしたのですが、なかなかお戻りにならなかったので、今日は帰ると…」

「いや、そっか…。まぁいいや、明日は長く歩く事になるだろうし、身体、しっかり休めたほうがいいだろ。じゃ、また明日。おやすみ」

シアンは閉めかけた扉を少しだけ開け、もう一度顔を見せると、

「風呂沸かそうと思うんだけど、カティーナどうする?」

と尋ねたが、カティーナは首を横に振った。

「昼の内に体を拭きましたから、お気にならず」

「ん。じゃ、おやすみ」

扉が閉まるととかとかと靴音が響き、カティーナはその音に耳を傾けながら靴を履きはじめる。

動作はまだゆっくりだが、始めの頃に比べてずいぶん履き心地が良くなった、と立ち上がって部屋の中を歩き回り、カティーナは新しい靴を見下ろした。

シャトは言わなかったが、この靴はきっとレイナンの物なのだろう、と少しだけ幅の広い爪先を床で鳴らし、カティーナは、

「この世界の皆さんは温かいですね」

と表情無く口にした。

そして新しい服を撫で、棚に置かれた見舞いの品々を眺め、服の下に巻かれた包帯の感覚に眉を寄せる。

「私には勿体ないです」

その声は自分以外誰も居ない部屋に吸い込まれるように消え、自嘲するかのような笑みを浮かべベッドへと戻ったカティーナは"眩しすぎる"と、窓辺に置かれた魔石の明かりを落とした。