雨の後 6
開いた扉から顔を覗かせたのはガーダで、その後ろに人間が二人立っている。
一人は玉虫色に輝く髪を短く整えた背の高い女性で、一人は濃い灰色の長い髪を一つに括った細面の男性、シアンはすでに顔を合わせていたのか、椅子から立ち上がり『どうも』と短い挨拶をした。
その挨拶に笑顔で応えた二人を促して部屋に入り、ガーダは口を開く。
「もう起きられると聞いて、引き合わようと連れてきた。シャトの父親のレイナンと魔術師のリファルナだ。私は他へ行く用がある、後は適当にやってくれ」
カティーナへの気遣いなのか、それだけを言うとガーダは一人さっさと部屋を出て行った。
扉が閉まるとシアンは椅子をどかし、二人はカティーナのそばへと歩み寄る。
「リファルナです、はじめまして。傷は平気?」
「はい、もうだいぶ…。私はカティーナと言います、こんな格好で申し訳ありません」
「いいのよ、むしろいきなりおしかけてごめんなさいね」
「私はレイナンです。危ないことに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。必要なものがあれば遠慮なく言ってください、出来る限りのことをさせていただきます」
深々と頭を下げるレイナンにカティーナは慌てたように『どうかそんなことは…』と立ち上がり、傷の痛みを無視して頭を下げた。
「北へ行ったのは私自身の判断ですし、怪我をした事も私の不注意が原因です。シャトさんのおかげで大事に至らなかったと聞きました。お礼を、と思っていたのですが、その、余計な負担をかけてしまったようで…私の方こそ謝らなければならないと…」
レイナンの瞳は雰囲気こそシャトとよく似ているが、今は最初の笑みの影もみえないほどに鋭く、見つめられたカティーナだけでなく横にいるシアンも思わず息をつめ、身を固くした。
二人の様子を見かねたリファルナはレイナンの肩をぽんと叩き、
「若人を虐めるもんじゃないわ」
といたずらっぽく笑うと、カティーナの顔をまじまじと見つめ、何かを探るように意識を集中する。
「話は聞いていたけど、不思議な気配をしているのね」
そう言ったリファルナと視線を交わし、僅かながら表情を緩めたレイナンは、
「私達もしばらくはこの街で過ごします。またお話出来る機会もあるでしょうから、まずは身体を治すことを一番に考えて下さい。今日はこれで」
と頭を下げるとリファルナより一足先に廊下へと向かっていく。
「ごめんなさいね。お大事に…回復の補助が必要なら声をかけて。シアンさんもまた」
にこっと首を傾げながら笑ったリファルナはレイナンのあとを追うように部屋をあとにし、残された二人はかちゃんと軽い音とともに閉められた扉を見つめたまま立ち尽くしている。
「…あー、えっと、カティーナ、とりあえず座れ」
シアンは自分も椅子に腰を下ろすと、ふぅ、と音を立てて息を吐いた。
「親父さん、昨日も今朝も会ったけど、なんか別人みたい。優しい感じの人だと思ったんだけど…」
「…私、何かいけないことを言ったのでしょうか?」
「さぁ? どうだろう…。とりあえず、まずは早く身体を治せ」
シアンの言葉にカティーナは頷き、傷のある右肩に触れる。
外が暗くなり、ウラルがカティーナの夕食を運んで来るまで、二人は何を話すこともなく、ただじっと座っていた。
シアンはウラルが来たのをきっかけに部屋を出て一階に下り、自分の分の食事をとりはじめたが、なかなか進まず大して食べないうちに手を止める。
ぼんやりと見つめた窓越しに、夜の闇を見たシアンはまるでそこに何かがあるかのように目をそらし、大きなため息をついた。