魔術師達の家へ 9
「あんた、ずっと街の皆が怖かったのか?」
その言葉にそれまで抑えていたものが溢れ出したのか、スティオンは大声をあげ、シアンにつかみ掛かる。
「だったら何だっ!! 人が一人も居ない街で獣に囲まれて暮らす思いが分かるか!? あの爪も、牙も…! 人が来ると聞いて期待をすれば獣遣いだ、何で普通の人間が一人も居ない…? 何であいつらは受け入れられているんだ…私は、私は…!」
シアンの瞳が真っ直ぐと自分に向けられている事に気付き、スティオンはシアンを突き飛ばすように手を離し、血が出るほどに唇を噛んだ。
シアンの瞳に蔑みの感情は一切無いが、スティオンは思わず零れた本心をガーダやシアンに聞かれたことに堪えられないようだった。
「とにかく、私は出ていく。昨日の騒ぎも、今朝のこともいずれ知れ渡る、そうなれば街が無事だろうと何だろうとここに暮らしてはいられない。もう構うな」
スティオンはシアンに背を向け、再び荷物を鞄に詰めていく。
シアンは口を開きかけたが、眉を寄せてぎりっと歯を噛み締めガーダを見上げる。
「どうにもならないのなら戻るぞ。我等から何かを言っても聞く耳は持たぬようだしな」
ガーダに言われてシアンは躊躇いながらもスティオンに言葉をかけた。
「一人で街を出られるのか? もう皆知ってるだろうし、今もあんたの声で集まってるぞ」
スティオンはその言葉に動きを止め、そばに置いていた巻紙を掴むとシアンに向かって投げて寄越した。
「お前の話は聞きたくない。それを持って出てってくれ」
「なんだよ、これ?」
「北の奴らが漏らした話を書き留めてある。役に立つかは知らないがな…」
シアンが『なら…』と口にすると、その先を言わせまいとゆうのか、スティオンは突然手の中に火球を出現させシアンに向かって構え、
「出ていかないのなら、お前ごとその紙を燃やし尽くすぞ」
と、冷たい声で静かに言った。
シアンはその態度から、それ以上関わるのはお互いのためにならないだろうと引き下がり、礼だけを言って部屋を出ようとしたが、その横でガーダが口を開く。
「表に一人残していく、必要があれば好きに使え」
スティオンは何も答えず、黙々と荷造りを進め、シアン達はそのまま家を後にした。
「我々が怖いか?」
シアンと並んで走りながら、ガーダが尋ねるとシアンは躊躇い無く『怖いよ』と答えた。
「ガーダやウラルがってゆうんじゃない。皆、話せば分かる相手だってのもわかってる。…でも、単純に、種族としてイマクーティは人より強い」
「人間は力は無くとも魔術を使う。数も多い。我々にとっては人間こそ怖い相手だがな…」
二人はしばらく無言で走っていたが、シャトの姿が見える頃になってシアンが口を開いた。
「なんでスティオンは今まで街を離れなかったんだろうな…」
ガーダはその言葉に何かを考えている様子だったが、無言のまま走り続け、シアンもそれ以上の事を言うことはない。
二人に気付いたイマクーティが声をかけると、シャトは振り向き、シアンはそちらに向かって手に持った巻紙を振ってみせた。
シャトはシアンが手を振っていると思ったのか、首を傾げるようにしながら小さく手を振り、『お帰りなさい』と口を動かしている。
その声はシアンにはまだ届かなかったが、シアンは改めて手を振り、ガーダに向かって『人が嫌いか?』と問い掛けた。
「いいや」
ガーダはそう言ってシアンに一度顔を向けたが、すぐに前を向き、『お前もなかなか悪くない』と笑いもせずに続ける。
シアンはシャトの姿とガーダの横顔を見て何かを言おうとしたが、急に吹いた強い風に足が止まり、走りつづけるガーダの遠くなる背中をただ見送っていた。