ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

魔術師達の家へ 1

ガーダの家で一夜を過ごし、夜明けと共にシャトは起き出した。

ティーナはすでに起きていて、長い髪を解き手で梳いている。

「カティーナさん、おはようございます」

「ん、おはようございます」

シャトの声に振り返り、薄明かりの中で微笑むカティーナは、髪を下ろしているせいかいつも以上に女性的な部分が際立ち、月明かりの下に佇む乙女のようにすら見える。

その姿からは前夜の物言いは想像できず、シャトは不思議なものを見たような顔をしていた。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ、昨日はありがとうございました」

「いいえ、これで何か問題が起これば私のせいです。その言葉は無事に街に戻れた時に」

ティーナはいつものように髪を編みあげ、その先を細い紐で留めると立ち上がる。

「少し外の空気を吸ってきます」

シャトは頷き、その背中を見送ると隣で眠っているシアンに視線を落とし、眉をしかめるようなその寝顔に笑みをこぼした。

そしてリュックの中から朱い首飾りを取り出し、

「シアンさんとカティーナさんが無事に帰れますように」

と、祈るように言って身につける。

家の中にはすでに起き出していた群れの皆の声が響き、外から聞こえて来る音も少しずつ賑やかになっていく。

身支度を整えたシャトがシアンを起こさないように静かに部屋を出ると、すぐにウラルの姿が見えた。

「おはようございます」

「あ、シャト。おはよう」

ガーダはすでに家を出たらしく、ウラルはガーダから渡すように頼まれたのだ、と、細長い包みを差し出した。

丁寧に開かれたその包みの中には一本のナイフが入っていて、それを手にしたシャトは驚いたようにウラルを見上げる。

「このナイフ…」

「シャトも覚えてるでしょ? 前に街に住んでいた魔術師さん。あの人が贈ってくれた魔よけのまじないのかかったナイフ。渡せ、としか言われなかったけど…シャトに持っていて欲しいって事でしょ」

ガーダが肌身離さず持ち歩いているお守りにこもった思いを推し量り、シャトは俯いた。

「ウラルさん、私ガーダさんに後で謝らなきゃ」

「私もだわ。一緒に怒られましょ」

ウラルはそう言うとシャトをぎゅっと抱きしめる。

ウラル自身、北の魔術師の事を伝えたのが良かったのかどうかの判断が出来ず、ガーダと同じかそれ以上にシャトの事を心配していた。

「昔みたいに頭、撫でてくれる?」

ウラルの言葉に、シャトは腕の中で頷き、自分よりもずっと高い場所にあるウラルの頭に手を伸ばす。

「シャトねーちゃん、気をつけて…」

「うん…」

少し間を置いてぱっとシャトを離したウラルはにっこりと笑って、朝食の準備の始まっているキッチンへと向かっていく。

シャトは手に残った毛の感触に、寂しそうな微笑みをみせていた。

 

朝食が済み、それぞれが支度をすませた頃、ガーダが三人を迎えに戻ってきた。

「今、長老達がスティオンの所へ行っているが、おそらく話も出来ないだろう。シアン、カティーナ、シャト、力を貸して欲しい」

ガーダは厳しい顔をしてはいるが、三人を連れて行くことへの心配などひとつも見せずにはっきりとそう口にすると深々と頭を下げ、そして三人の反応を待つことなく背を向け、歩き出す。

「他の者達とは街の外れで落ち合うことになっている。支度が出来ているのならすぐに出るぞ」

ガーダと三人を子供達もを含め群れの皆全員が見送りに出、近くの家の者達も集まってこそ来ないが『行ってらっしゃい』『どうぞ無事に』と口々に声をかけてくれる。

「なんか、思ってたより大事だな…」

とシアンは言い、先を行くガーダの背を見つめていた。