ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

雨の後 19

オーリスは竜馬の呼び声に応えず上空からシャト達を見下ろし、辺りを跳び回ったかと思うと森の方へと姿を消した。

不服そうに鼻息を荒げる竜馬の頬に手を当て、シャトは『ごめんね、マナテ』と微笑みかける。

「オーリスと仲悪いの?」

「いいえ、仲はいいんですけれど…」

困ったように言うシャトにマナテと呼ばれた竜馬は広げた翼をたたみ、頬に触れた手を優しく押し返す。

その様子を眺めるカティーナに家の方から声がかかり、三人が揃ってそちらに顔を向けると、ウラルが窓から顔を覗かせ『入ってきてくれる?』と裏口を示した。

裏口から家の中に入った三人に足早に歩み寄ったウラルは、薄暗い部屋の一角で持っていた荷物をカティーナに差し出す。

「これ、カティーナさんの靴とズボン。汚れは落ちなかったけど臭いは取れたから、必要なら持っていって、って。それから、これ、部屋に落ちてたんだけど、カティーナさんの物かしら?」

差し出されたのは全体がくすみ、擦り切れた様になってはいるが何本もの色糸が組まれた手の込んだ紐で、首を横に振るカティーナの横で自分の腰を探ったシアンは『それ私のだ』と手を伸ばす。

「これ、紐だけだった?」

「あ、もしかして…離れたところに落ちてたんだけど…」

と、ウラルはポケットを探り、角が取れ丸くなったやじりのような物を取り出した。

「あ、それ。ありがとう、落としたの全然気付かなかったや。…てか、掃除とかどうしたらいいか聞きに来たんだけど…?」

「掃除って程のことはまだしてないけど、後のことは気にしないで。荷物はそのままいじってないから。もう落とし物しないでね」

冗談めかせて答えたウラルにシアンは笑ってこめかみを掻き、カティーナは『すみません』と頭を下げた。

「ふふっ、じゃあまた後で。キッチンの方行けば誰かしら居るだろうから、何か食べていったら?」

そう言ったウラルは忙しいのかきびすを返し家の中をかけていく。

シャトは二人をその場に残しレイナンを探しに行ったが、街の皆とのやり取りで忙しいらしく、結局、カティーナが改めて話をすることはなく、靴の礼もしないまま出発の時間になった。

街の外れにはガーダやマルート、ヒュアにタドリ、ヒニャなどが集まり、シアンやカティーナと挨拶を交わしている。

「間に合った?」

特に急いだ様子もなく姿を見せたリファルナはシアンに一枚のメモを差し出す。

「それ、私の家の場所なの。大抵は家にいるから、気が向いたら遊びにいらっしゃい」

「ありがとうございます」

リファルナはそう言ったシアンにいたずらっぽい笑みを返し、シャトとレイナンが姿を見せたのをきっかけにカティーナに声をかけ、『はなむけに…』とその手を勢いよく空に掲げた。

その手の先からは色とりどりの光が溢れ、夕暮れの空に大きな竜の姿を描き出す。

描き出された光の竜が南の空へと向かい森の上で光の雨を降らせると、その光に呼ばれたように沢山の精霊が空へと舞い上がり、辺りは精霊の歌声に包まれた。

その歌声の中で光の竜は翼を大きくはばたかせ、遥か遠くに消えていく。

「はぁー、すっからかん」

リファルナはさっぱりとした顔で笑い、空に掲げた手をくっと握ってゆったりと下ろした。

「出立は竜の後、か」

レイナンが言うとシアンは疑問の浮かぶ眼でその顔を見上げ、『それは何ですか?』と尋ねる。

「この辺りの諺です。期を逃すな、といったところですね」

「実際、竜の飛んだ後は良くないものが寄りづらいって言われてるし、そのままの意味でとってもいいじゃない?」

リファルナはシャトを抱きしめ、『またね』とまるで口角を上げるかのようにその頬を軽くつねる。

「はい、また」

いつもと違いローブの下にズボンを履いているシャトは小さく頭を下げると慣れた動作でマナテに跨がり、カティーナとシアンはオーリスの背に乗る。

そしてシャトがマナテとオーリスに出発の声をかけようとした時、南の山から咆哮が聞こえ、その場にいた全員が空を見上げた。

高い空を大きな竜が物凄い速さで森を、そして街を越え海へと飛んでいく。

その姿を見送る一同の中でリファルナは『頑張ったんだけどなぁ…』と笑顔でため息をつき、

「さぁさぁ! 出立は竜の後よ!!」

とマナテとオーリスを急き立てる。

その声に応えたシャト達は、皆に見送られながら洞窟へ向かう空へと駆け出して行った。