キーナとシアン
「えっと…すみません…。…おはようございま、す…」
「…おはよう。うん、おはよう」
飛び起きた、といった格好で幕の端、ぎりぎりに寄って眉を寄せていたシアンはシャトと自分と対角の隅へと交互に視線を向けた後で徐々身体の力を抜き、最終的にあぐらをかくように座り込む。
そして、寝ている間に緩んだ髪留めを外し、それからおもむろに髪をかきあげるようにして頭を抱えた。
シャトはシアンが座り込むと対角の角へ改めて顔を向け、眉を寄せながら自分の足元を指差す。
その指の先にぱっと現れたのはキーナで、シアンは幕の隅からシャトの足元へとゆっくりと向き直った。
寝起きに顔を目掛けて物が降って来れば誰でも驚くだろうが、シアンは直前で避けたはずのキーナが再び顔の上から降って来る、とゆうのを繰り返したらしく、怒っている訳ではないが笑いもせず腕を伸ばして捕まえたキーナを顔の前まで連れて来ると、その身体を潰したり伸ばしたり、意味もなくこね回す。
「お前何がしたいんだよ…」
「あの…起こしに、きた、みたいなんですが…本当にごめんなさい」
キーナとシアンを見つめるシャトは、何かを聞いたのか怒るに怒れない、といった風に唇を噛み、深々と頭を下げた。
「ぁー。起こしに…キーナァ、もう少しやり方があると思うんだ。…ほんとびっくりしたわ。ほれ、何か言ぇ…んー喋れないか…?」
「ほらキーナ…!」
シャトの声にぱっとシアンの手の中から地面に移ったキーナは大きな瞳でシアンを見詰めた後で目を閉じ、ずりずりと下を向く様に身体をざわめかせる。
シアンはしばらくその様子を眺めていたが、ざわめく滑らかな毛に覆われた身体をわしわしと撫でると『わかったわかった』と言って欠伸をしながら大きく伸びをした。
「シャトはもう平気なの?」
「あ、はい。ご迷惑おかけしました、もう大丈夫です」
「んー、よかった。…まだ早い?」
「時間ですか?」
とシャトが聞き返そうかとした時、朝日が射しはじめ、シアンの幕から少し先の岩が輝くように光を反射した。
「ぅお、眩し…いつもより少し早いくらいか…。ちょうどいいや、シャトもカティーナも元気なんだったら今日はいつもより少し距離歩いてもいいか? 結構暗くはなるだろうけど、一日歩けばこのあたりで一番大きな街まで行けると思うんだ。どうだろう?」
「私は構いません」
「シャトさんがいいなら私も」
シャトの後ろで成り行きを見守っていたカティーナはいつの間にか胸にキーナを抱え、ギークの背中のイミハーテを撫でていて、見上げたシアンは呆れたように笑うとブーツに足を突っ込み勢いよく立ち上がる。
「んじゃそうゆうことで。さっさと食べてさっさと出よう」
立ち上がって仰向くように身体を伸ばしたシアンは、その時また突然顔の前に現れたキーナにバランスを崩してしりもちをついたが、『キーナ!』と叱るシャトの声をよそに声を出して笑い、『この野郎!』とキーナを捕まえると顔を擦り付けるように強く抱きしめた。