ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

砂煙がある程度落ち着いて来るとオーリスとギークはえぐれた地面を埋め戻し、三人の準備が済む間、オーリスの起こす風に乗って空高く舞い上がることを遊びのように繰り返すイミハーテを並んで見上げていた。

シャトはリュックに戻ろうとしたキーナと顔を見合わせたままぼんやりとしていて、シアンはちらちらとギークを見ながら時折思い出したように顔をしかめて溜め息をつき、カティーナはギークの背中のやや色の違う部分…シャトが二匹を切り離した時についた傷の跡…と今日ついた傷を遠くから眺めている。

三人それぞれが、引っ掛かってすっきりとしない何かについて考えている様だったが、誰もそのことを口にはせず、準備が済むと『じゃあ行くか』と先に立って歩き出したシアンを先頭に、いつもよりも間隔が空いた状態で歩きはじめた。

最後尾はシャトとオーリス達で、前を行く二人は時々振り返るが、誰に声をかけるでもなく自分の世界に戻るように前を向き、ただ黙々と歩き続ける。

 

壊れて向こうを見通せるようになった板塀の向こう、元は村ででもあったのか、壁が崩れた家が疎らに並んでいる。

人の気配のないその中にあって、何故か井戸とその周りだけは周辺の家とくらべると少しだけ生活の匂いがした。

水場を示す青い石を掲げた道標も新しく、畑と呼ぶほどの物ではないかもしれないが、明らかに何者かの手で植えられた薬草や果樹は周囲の草木よりもみずみずしくその葉を広げている。

 

道標に足を止めたシアンは空を見上げ、その場で腰を押さえるようにして身体を伸ばすと後ろを歩く二人に向かって『少し休んでくか?』と大きな声を投げた。

野営をした場所からここまでの数時間、休憩もせず、言葉を交わす機会もなかった三人は揃って日陰に腰を下ろしてもしばらくの間、ぼんやりと色付きはじめた果実を眺めながら、煎った木の実や果実などをそれぞれ静かにを口に運んでいた。

「ここは誰かが住んでいる訳ではないのでしょうか?」

ティーナは周囲を見回し、シャトやシアンに尋ねるように振り返る。

片手に木の実を握ったシアンはそれを数粒ずつ口にほうり込みながら、もう片方の手であの古い地図をつまむように広げ、その声に応えた。

「どの家もずいぶん崩れてるし、住んではいないんじゃないか? 昔は、少なくともこの地図が描かれた時には村だったみたいだけどな。イザク・オ・ウクーイオ…か? 読み方がわかんないけど何かそんな感じ。風の力を大切にしてたのかね?」

「風の力、ですか?」

「イザクは風のことだからな」

シアンはジェナの村で見た祭を例にあげ、六つの魔力の属性がそのまま自然への畏怖と恵への感謝なんかと相まって信仰の対象になること、それぞれの名前を冠した村や町も少なくないことを話すと、立ち上がりそれまで背にしていた壁の内側を覗き込む。

そこにはまだ生活の痕跡、とゆうのだろうか、朽ちかけた家具や割れた食器、そして砕けた魔石等、この家で使われていたのだろう物が散乱してはいるがまだわかる形で残っていて、住人がいなくなってからそう経ってもいないのじゃないか、と思えて来るようだった。

「燃えたりはしてないんだな…。突然村を離れましたって感じ」

「…突然?」

ティーナとシャトがシアンと並んで同じ家の中を覗き込むと、シアンは隣の家、そしてまた隣、と次々に回っていく。

何処の家でも朽ちかけた家具や何かが残されていて、シアンは"ほらな"と目で言う。

「村中が、ですか?」

「割とあるよ。何かに襲われた、とか、嵐にのまれた、とか…ここは水は使えるみたいだけど、水が涸れるとかも理由にはなるだろうな」

シャトは寂しそうな目で村を見つめ、カティーナは昨夜の朱に染まった空を思い出す。

「さ、て、と。そろそろ水汲んで出るか、今日の目的地はまだまだ遠いからな」

そう口にしたシアンだったが、意識せずに"燃えたりはしていない"と口にしたとき、昨日の事を思い出したようで、"仕方ないこともあるけどいやになるな"と朝のこととは関係なく眉をしかめ、足元の割れた魔石に視線を落としていた。